残業禁止命令に違反して行われた残業に対する割増賃金支払義務

 今年の3月30日に東京高裁で下された労働時間に関する判決(神代学園ほか事件)は、なかなか興味深い内容を含んでいますので、ここでそのポイントをご紹介したいと思います。


 この判決にはいくつかの論点があるのですが、その中からここでは「残業禁止命令に違反して行われた残業に対する割増賃金支払義務の有無」という点を見ることとします。この事案では労働組合と会社の間で36協定締結に関する交渉がまとまらない状態において、会社が従業員に対し、1)朝礼等の機会および役職者を通じて繰り返し、36協定が締結されるまでの残業禁止という業務命令を出した上で、2)残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、徹底していました。このような状況下において、業務命令に反して行われた残業について、労働者側が割増賃金の支払いを要求していたのですが、東京高裁は以下のように判事し、その請求を棄却しました。



「賃金(割増賃金を含む。以下同じ)は労働の対償であるから、賃金が労働した時間によって算定される場合に、その算定の対象となる労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下にある時間、または使用者の明示または黙示の指示により業務に従事する時間であると解すべきものである。したがって、使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して労働者が時間外または深夜にわたり業務を行ったとしても(中略)賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない」



 特に今回の事件では36協定未締結という状況であり、この残業禁止命令は労働者に時間外労働をさせない法的義務を履行するためのものであったこと、そして残務がある場合には役職者に引き継ぐという実務的な対応まで命令し、徹底していたことが決め手になったと考えられます。よってある意味では特殊な要素があることは否めませんが、労働時間の大原則は使用者からの業務命令に基づくものであるということを確認している点は実務を行う上においても、重要なポイントとなるでしょう。時間外労働および休日労働を行う際の申請および許可プロセスについて、問題がないか確認することをお勧めします。


(大津章敬)