中国労務の最新事情~現場からの定点観測~第6回

■中国 労働仲裁と仲裁員の苦悩 第1回

 「社員の件で相談があるのですが」。天津の日系製造業から連絡を頂いたのは、連日40度を超える気温を記録していた8月のとある日でした。「では来週、北京まで行く用事がありますので、そのときにお寄りします。」と答えると、「いえ、社内で話すのはちょっとまずいので。」との返答。この会社のように従業員に関するご相談を頂く場合、社内で話されるのをためらう企業は少なくありません。なにぶん従業員に関する話なので、関係者に聞かれてしまうことを懸念されているためです。「では、市内のどこかホテルで。」ということで、面談の約束を取り付けることにしました。

 ホテルのロビーに現れたその総経理は、歳の頃では40代半ばの誠実そうな方。早々に名刺交換を済ませ、ホテルの喫茶店で面談を始めることになりました。その企業は従業員180名そこそこの自動車部品のメーカーです。相談というのは、その会社のワーカー(30歳)が2月に、上司である班長を殴るという暴力沙汰を起こしたとのこと。どうやら月奨金(インセンティブ)の金額が少なかったことに不満があったようです。その場は周囲の従業員や管理者が取りなだめ収まったようなのですが、今度は4月の昇給に対してまたもや不満が爆発し、2度目の暴力事件。これには総経理も放っておけないと思い、呼び出して厳重注意を行ったとのことですが、勤務態度の悪化はその後も続き、勤務時間中に職場を抜け出し、一旦自宅へ戻り、夕方になって職場へ戻ってくる日が数日間続き、更に出勤している間も休憩室で居眠りをしていたり、職場の同僚たちに対して罵詈雑言を浴びせかけるなど、職場の雰囲気も悪くなり、誰も話しかけなくなるなど、このままでは看過できない状況になってきたようです。

 「どうしようかと思っているのです。」と言う総経理に、「暴力沙汰を起こした時点で一発解雇でしたね。」という話をし、「なぜ今まで放っておいたのですか?」と聞いたところ、解雇のタイミングを逸してしまったとのことでした。この相談を受けたのが8月中旬で、聞いてみると9月末には労働契約が終了するとのこと。「総経理、選択は2つあるのですが、労働契約が間もなく終了を向かえるので、ここまで来たら契約終了を待つことがひとつ。但し、その場合は経済補償金の支払いが必要になります。もうひとつは契約云々に関わらず、直ちに解雇すること。状況を考えればそれだけ酷いことをしているし、しかも周囲の証言や勤怠記録があるようなので、経済補償金の支払は必要ないと思います。ただ非常に高い確率で労働仲裁になる可能性はありますよ。」というお話をしたところ、「うーん…」と暫く考え込んでいらっしゃいました。その場では結論が出せないということなので、とりあえず検討してもらう約束をし、その場は解散することにしました。~次回につづく~(清原学)

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