賞与は支給日に在籍していなければ、もらえないの?
前回、賞与算定における出勤率の問題を解決した大熊であったが、何やら賞与について追加で確認したいことがあるという連絡を受け、再度服部印刷を訪問した。
宮田部長:
大熊先生、前回賞与のことについて教えて頂きましたが、その打ち合わせの夜、ある社員が急に退職を申し出てきたのです。理由は、実家のある秋田でお父さんが倒れて、その会社を引き継がなくてはならなくなったということなのです。
服部社長:
以前からゆくゆくは実家の家業を継ぐということは聞いていましたが、このように事態が急変するとはさすがに予想していませんでした。お父さんは今のところ生命にかかわる状態ではないらしいのですが、半年程度、職場復帰は難しいようです。私も中小企業の経営者ですから、その大変さは良く分かります。優秀な社員ですから、当社にとって大きな痛手となりますが、事情が事情だけに退職を了承しました。
大熊社労士:
そうですか、それは心配ですね。それにしても急な退職となりますが、業務の引継ぎは支障ありませんか?
宮田部長:
はい、彼は普段から仕事はきっちりとしていましたし、書類や記録も非常に丁寧に残してくれていました。また部下の育成にも熱心で、訪問先にはできるだけ同行させて仕事のやり方を教えていましたので、ゼロから引き継ぐものはないそうです。
大熊社労士:
それは本当に素晴らしい社員ですね。御社にとってこうした優秀な人材を失うのは残念なことですが、彼なら秋田の会社でもお父さんの後をしっかりと引き継いでくれるでしょう。ところで宮田部長、賞与のことで何か相談があったのではないですか?
宮田部長:
そうそう、今回の退職に伴う得意先などへの挨拶や業務の引継ぎなどを考えると最短でも2週間程度は必要ですから、退職日は7月10日を予定しています。偶然ですが、この日はちょうど当社の賞与支給日なのです。我が社としては、彼に賞与を支給することになんら異議はないのですが、もし退職日が前倒しになり、賞与支給日の前になったら、どのようになるのかと疑問に思ったので教えていただきたいのです。
大熊社労士:
なるほど。御社では賞与の支給に関する規定はどのようになっていますか?
宮田部長:
実は給与規程に、賞与の算定期間については定めがありますが、支給日に在籍している云々ということには触れられていないのです。どのように考えれば良いのでしょうか?
服部社長:
確かに就業規則などにはこうした場合の取り扱いについての定めはなく、また今までこのようなケースはありませんでした。特に当社では先代社長のときから、賞与は現金、さすがに最近は銀行振込のため賞与明細書の入った賞与袋ですが、を手渡ししているので、実際に支給日に在籍していないときは支給できません。このことについて社員から疑問の声などが出たことはありませんし、また過去に退職した社員もこのことを意識して退職日を申し出ています。
大熊社労士:
なるほど、規程には明記されていないけれども、いわゆる職場の慣行として成立している状態ですね。御社の場合、賞与支給日に在籍している社員に対して賞与を支給するという賞与の「支給日在籍要件」が実質上、成り立っているのですね。
宮田部長:
賞与の「支給日在籍要件」ですか?ということは賞与算定の全期間を在籍し働いていても、賞与支給日に在籍していなければ支給しなくても良いということでしょうか?
大熊社労士:
「支給日在籍要件」とは、賞与の支給日に在籍していることを賞与の支給要件とする基準のことを言いますが、過去の裁判例を見ても、この取り扱いは合理的理由があり有効であるとされています。また、京都新聞社事件(最一小判昭和60年11月28日)によれば「こうした取扱いをすることは、明文の規定がない場合でも、社内の慣行として成立していると認められるときは許される」とされています。よって御社の現在の取り扱いは労使慣行として有効とされる可能性が高いと思われますが、今後もこの取り扱いを継続するのであれば。賃金規程において明確に規定しておいた方が良いでしょうね。
服部社長:
そうですね、宮田部長、さっそく手配しておいてくれ。
宮田部長:
分かりました。すぐに改定案を作成します。
大熊社労士:
さすが、意思決定が早いですね。ただし、一点だけ注意があります。例えば事務処理上の手違いや資金繰りがつかなかったなどの理由で、規程で予定されている支給日から実際に支給する日が遅れた場合、実際の支給日ではなく規定されている日に在籍していれば支給しなくてはいけません(須賀工業事件 東京地判平成12年12月14日)。また、賞与算定期間の末日から賞与支給日があまりにもかけ離れている場合も、トラブルになる可能性がありますので注意が必要でしょう。
服部社長:
わかりました。まあ今回の彼の場合は、急な退職とはいえ規定どおりに賞与を支給を行います。もっとも今後のことを考えると「賞与支給日の在籍要件」を給与規程に明記することにします。大熊さん、ありがとうございました。
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
こんにちは、大熊です。今回は賞与制度における法的論点の一つである「支給日在籍要件」について取り上げてみました。文中でも紹介した京都新聞社事件や大和銀行事件の最高裁判例にあるように、一般的には支給日在籍要件は合理性を有し、支給日以前に退職した社員については賞与の請求権を有しないと解されています。この取り扱いを行うためには、やはり賃金規程において以下のような条項を明記しておくことが求められます。
第○条(賞与)
1.賞与は原則として毎年 月および 月に社員各人の勤務成績を査定して決定し、支給する。ただし、会社の業績によっては、賞与の額を縮小し、または見送ることがある。
2.賞与の算定期間は以下のとおりとし、支給対象者は賞与の支給日に在籍している社員に限る。
夏季賞与 月 日から 月 日
冬季賞与 月 日から 月 日
[関連条文]
労働基準法 第11条
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
関連blog記事
2007年6月25日「賞与査定で産前産後休業はどのように取り扱えばいいの?」
https://roumu.com/archives/64530902.html
2007年6月13日「賞与規程」
http://blog.livedoor.jp/shanaikitei/archives/54506727.html
2007年6月7日「賃金規程」
http://blog.livedoor.jp/shanaikitei/archives/54438817.html
2007年6月7日「日本経団連による2007年賃上げ最終集計 結果は6,202円(1.90%) 」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50989612.html
2007年5月30日「2006年の大企業年間賞与平均支給額 非管理職は1,576,821円・管理職は2,911,270円」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50983333.html
2007年5月25日「今夏の大企業賞与妥結額平均は938,555円(プラス2.77%)」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50979303.html
2007年5月9日「2007年夏季賞与は5年連続増加も伸び率は小幅に」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50965560.html
2007年6月5日「賞与試算シミュレーションソフト 最新バージョンv1.06の無料ダウンロード開始」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50976518.html
参考リンク
東京都産業労働局「2007年夏季一時金要求・妥結状況について(平成19年6月6日現在・中間集計)」
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2007/06/60h6b100.htm
独立行政法人労働政策研究・研修機構「【賞与】支給日在籍要件」
http://kobetsu.jil.go.jp/kobetsu/book/16.html
茨城労働局「年内での退職を申し出たところ賞与が半分以下に/考課が合理的な裁量の限界を超えている場合は違法」
http://www.ibarakiroudoukyoku.go.jp/soumu/qa/chingin/chingin07.html
茨城労働局「賞与の支給日在籍条項は有効だが、解雇の場合は支払義務が生ずる場合もある」
http://www.ibarakiroudoukyoku.go.jp/soumu/qa/chingin/chingin05.html
島根労働局「支給日に在籍していなかったとして賞与をもらえない」
http://www.shimaneroudou.go.jp/consult/qanda/q23.html
(鷹取敏昭)
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