賞与査定で産前産後休業はどのように取り扱えばいいの?

 服部印刷はやや業務量が減ってくる梅雨の時期だが、夏は目前。今年は業績好調であったので、社員も夏季賞与に期待しているという話が聞こえてきています。会社側でもそろそろ賞与の準備に入りました。



服部社長:
 そろそろ夏季賞与の準備をしなければいけないね。資金繰りは大丈夫かな、宮田部長。
宮田部長:
 はい、もちろん資金繰りはできております。明日にでも支給できますが、いかがしましょうか?
服部社長:
 経理面は相変わらず完璧だね。しかし、明日というのは気が早すぎるよ、例年どおり7月上旬の支給でいいだろう。それとも早く欲しい理由でもあるのかな?
宮田部長宮田部長:
 いいえ、社員の立場からすると、少しでも早くもらえると嬉しいのではないかと思って言ってみましたが、私個人としての特別な理由はありません。それでは、例年と同様の時期の支払いで準備します。
服部社長:
 ところで大熊さん、今年の夏季賞与の動向はどんなものでしょうか?
大熊社労士:
 はい、現時点で発表されている統計は大企業のものばかりですが、前年比で2%前後のプラスという結果が多いようですね。もっとも賞与の支給水準については企業間格差が大きいですから、一概にその水準が高い低いというのが難しいところです。
服部社長:
 そうですか、当社もお陰様で業績は好調なので、今年の夏季賞与は例年よりもプラスで支給しようと考えています。
宮田部長:
 社長、そういえば先日から産休に入った林さんの賞与はどうしたらよろしいですか?
服部社長:
 そうだね、彼女が産休に入ったのは4月に入ってからだったかな?大熊さん、当社では賞与の計算を行う際に出勤率を掛けているのですが、その取り扱いでよろしいでしょうか?
大熊社労士大熊社労士:
 はい、結論としては賞与算定期間における出勤率を乗じて、最終支給額を決定されれば良いでしょう。ちなみにこの問題に関して、ある有名な判例がありますので、ご紹介しておきます。最高裁で平成15年12月4日に出された「東朋学園事件」というものですが、この事件は賞与の支給要件の一つとして、出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が90%以上の者との定めていたという事案です。学園側は賞与の支給にあたり、産前産後休業の日数と勤務時間短縮措置の総時間数を欠勤扱いとすることとしましたが、不支給になった賞与の支払い等を求めて従業員側が提訴したのです。判決では「本件90%条項の趣旨・ 目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価して、従業員の高い出勤率を確保することであり、一応の経済的合理性がある。しかし、産前産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間のような権利や利益は労基法等で保障されたものであり、それらの権利・ 利益を保障した法の趣旨を実質的に失わせるような賞与支給の要件を定めることは許されない」として労働者側の勝訴を言い渡しました。
服部社長:
 ということは、産前産後休業を取った場合はその休業の日も出勤したとみなして、賞与を支払わなければならないのでしょうか?
大熊社労士:
 いえ、そうではことではありません。賞与支給に関しては2つの点から判断が求められます。一つは賞与支給の対象者となるかという点と、もう一つは賞与の支給額はいくらになるかという点です。この判例が取り上げているのは前者の賞与の支給対象となるかどうかという点です。後者の点については、賞与の計算式「賞与算定基礎額×支給倍率×(出勤した日数÷出勤すべき日数)」で、実際に出勤した比率に応じて支給することができます。判決でも「賞与の計算式において、産前産後休業の日数分や勤務時間短縮措置の短縮時間分を減額の対象となる欠勤として扱うことは、直ちに公序に反し無効なものということはできない」と示しています。例えば、6ヶ月間の賞与算定期間のうち3ヶ月間にわたって産前産後休業を取得した場合は、休業しなかったときに支給を受けられるべき額の2分の1を支給すればよいということです。
服部社長服部社長:
 なるほど、理解できました。しかし、いろいろな判断のポイントがあるのですね。今後、わが社も正社員の他、パートタイマーも増員していくつもりです。その分、労務管理面では複雑になってくると思いますので、これからもよろしくお願いします。本日は、どうもありがとうございました。


>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。賞与を支給するときの査定の一要素として使われている出勤率について取り上げてみました。今回取り上げたのは「産前産後休業」ですが、その他に「有給休暇」や「育児休業」「介護休業」等についても同様のことが言え、これらは労働者に認められた権利のため、労働者にとって不利になるような取り扱いはできません。賞与は一般的に支給額が多いため、判断を誤ると労働者または会社にとって影響を大きく受けることから慎重に取り扱うことが必要です。従来から取り扱われていた社内ルールを鵜呑みにせず、それが適法なのかという視点でチェックを行ってみることも必要です。ぜひ一度確認してみてください。参考リンクにも参考になりそうな事例を挙げておきましたのでご覧ください。


[関連条文および通知]
労働基準法第11条
 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。


改正労働基準法の施行について(昭和六三年一月一日)(基発第一号、婦発第一号)
「年次有給休暇の取得に伴う不利益取扱い」
 精皆勤手当及び賞与の額の算定等に際して、年次有給休暇を取得した日を欠勤として、又は欠勤に準じて取り扱うことその他労働基準法上労働者の権利として認められている年次有給休暇の取得を抑制するすべての不利益な取扱いはしないようにしなければならないものであること。年次有給休暇の取得に伴う不利益取扱いについては、従来、?年休の取得を抑制する効果を持ち、法第三九条の精神に反するものであり、?精皆勤手当や賞与の減額等の程度によっては、公序良俗に反するものとして民事上無効と解される場合もあると考えられるという見地に立って、不利益な取扱いに対する是正指導を行ってきたところであるが、今後は、労働基準法上に明定されたことを受けて、上記趣旨を更に徹底させるよう指導を行うものとすること。


当面の労働時間対策の具体的推進について(平成九年三月三一日)(基発第二三二号)
「年次有給休暇の取得に伴う不利益取扱いの是正」
 年次有給休暇の取得に伴う不利益取扱いの禁止の趣旨の周知徹底を図るとともに、精皆勤手当及び賞与の額の策定等に際して、年次有給休暇を取得した日を欠勤として、又は欠勤に準じて取り扱うことその他不利益取扱いを行わないよう引き続き指導等を行うこと。



関連blog記事
2007年6月13日「賞与規程」
http://blog.livedoor.jp/shanaikitei/archives/54506727.html
2007年6月7日「日本経団連による2007年賃上げ最終集計 結果は6,202円(1.90%) 」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50989612.html
2007年5月30日「2006年の大企業年間賞与平均支給額 非管理職は1,576,821円・管理職は2,911,270円」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50983333.html
2007年5月25日「今夏の大企業賞与妥結額平均は938,555円(プラス2.77%)」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50979303.html
2007年5月9日「2007年夏季賞与は5年連続増加も伸び率は小幅に」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50965560.html
2007年6月5日「賞与試算シミュレーションソフト 最新バージョンv1.06の無料ダウンロード開始」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50976518.html


参考リンク
東京都産業労働局「2007年夏季一時金要求・妥結状況について(平成19年6月6日現在・中間集計)」
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2007/06/60h6b100.htm
茨城労働局「年内での退職を申し出たところ賞与が半分以下に/考課が合理的な裁量の限界を超えている場合は違法」
http://www.ibarakiroudoukyoku.go.jp/soumu/qa/chingin/chingin07.html
茨城労働局「賞与の支給日在籍条項は有効だが、解雇の場合は支払義務が生ずる場合もある」
http://www.ibarakiroudoukyoku.go.jp/soumu/qa/chingin/chingin05.html
島根労働局「支給日に在籍していなかったとして賞与をもらえない」
http://www.shimaneroudou.go.jp/consult/qanda/q23.html


(鷹取敏昭)


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