退職金単行本プレビュー第1回「退職金制度診断」

 先週の日曜日、9月に発売予定の退職金単行本(タイトル未定:日本法令)の原稿が書きあがったという記事を掲載しました。本単行本では服部印刷という仮想の企業での退職金制度改定を小説形式で取り上げ、退職金制度改定を実際に行う際の検討ポイントや手順を解説しています。本日から全5回(予定)に亘り、この単行本のメインとなる小説部分をプレビューとして当blog上でご紹介したいと思います。


 それでは第1回の本日は退職金制度診断報告会の中から、適格退職年金の状態について取り上げている部分をご紹介しましょう。



大熊コンサル:
「次に退職金の支払いのために新日本生命様と契約されている適格退職年金の状況について簡単に解説します。[解説1]先日、宮田部長様にお願いし、新日本生命様から『解約返戻金予定額明細』という資料をお取り寄せ頂きました。これは、仮に今の時点で適格退職年金を解約した場合、社員のみなさん1人1人に支給される解約返戻金の金額をまとめた資料になります。今回の分析シートの中にそのデータを入力しておきましたが、まずは全体像から把握しましょう。現時点での適格退職年金の積立金は総額で58,947,172円になります。この金額は現時点のものであり、今後の掛金の払い込みや退職者への支払いなどによって、この金額は常に増減しますが、仮にこの5800万円という積立金で今後の定年退職者の支払いを行おうとすれば、この積立金は今後5年間の6人の定年退職者の退職金(58,878,700円)で完全に枯渇してしまいます。
■図表 今後5年間の定年退職金支払予想■
 平成 定年退職者 定年退職金予想額
 17年   0人        円
 18年   1人    7,934,800円
 19年   3人   31,417,600円
 20年   1人   99,236,400円
 21年   1人   10,289,900円
 合計   6人   58,878,700円


 これを聞いた服部の表情が蒼ざめた。隣に座っている宮田も同様である。
服部社長:
「5年後には枯渇?!宮田部長、どういうことなんだ?」
宮田部長:
「これまで適格退職年金については保険会社の担当者に任せ切りで、状況をほとんど把握していませんでした。こんな状況になっているとは….。しかし、この適格退職年金の契約は社員の定年退職・中途退職の別に関わらず、その全額が支給されるという内容になっていたはずですが。大熊さん、どういうことなのでしょうか?」
大熊コンサル:
「はい、これが最近良く言われる積立不足の問題です。積立不足の原因はいくつかあるのですが、もっとも大きいのが予定利率の問題です。予定利率というのは、掛金や給付額の算定の基礎となる利率ですが、御社ではこれを年5.5%と設定しています。つまり毎年5.5%の運用がなされるという前提で掛金が決まっている訳です。しかし、実際の運用利率を決算報告書で確認したところ、現在は年0.75%の運用となっていました。年5.5%で運用されるつもりが、年0.75%でしか運用できていない訳ですから、少なくともその差額部分については積立不足となってしまいます。更に、今の状態で適格退職年金を継続するとすれば、その差額は膨らみ続ける、つまり積立不足が拡大することになります。その他にも要因はあるでしょうが、この結果が積立金の少なさに繋がり、あと5年でそれが枯渇するという大きな原因になっています。」
服部社長:
「いまどき年5.5%の運用という現実離れした設定をしていること自体が問題ということですね。宮田部長、当社ではなぜこれまでこの予定利率を見直して来なかったのか?」
宮田部長:
「言われてみれば2年位前に保険会社の担当者から利率の見直しが何とかという話があったのですが、それを行うと毎月の掛金が倍くらいになるというので見送ったことがありました。」
服部社長:
「そういえば、そんな相談を受けた気がするな。事情が良く分からないままに、掛金が上がるのは困るので、据え置くように指示した覚えがある。」
大熊コンサル:
「他社もほとんど御社と同じ状況です。適格退職年金では5年毎に財政再計算といって掛金の見直しを行うのですが、その際に予定利率を変更することができます。しかし、中小企業では、掛金が大幅に増加することを嫌って、5.5%で据え置かれている事例がほとんどでしょう。御社の適格退職年金の決算報告書の貸借対照表を見ると、責任準備金、つまり将来の年金給付を賄うために現時点で必要な積立金は88,275,206円となっています。これに対し、実際に貯まっているお金が保険積立金で、その額は58,947,172円です。よってこの差額である29,328,034円が、積立不足となるのです。もっともこれは年金制度の計算上の数字ですので、退職金規程に基づく社員への債務という視点とは若干異なっています。しかしそのような細かい話はともかくとして、まず現時点では現在適格退職年金という外部積立に貯まっているお金が6,000万円弱しかないという点を押さえて頂ければ結構です。



 話としてはこの後、適年の資産状況の説明から積立不足の話に展開していくことになります。今回はこのような小説形式を採用することで、コンサルティング現場でのやり取りを再現し、実際に検討しなければならないポイントを具体的に解説しています。明日もこの続きをご紹介することとします。お楽しみに。


(大津章敬)