36協定と残業義務

 通常の企業では、時間外労働や休日労働がまったくないというところはほとんどありえません。残業する社員も普通は自分が時間外労働を行っていることに何の疑問も持たず、会社の命令であるので時間外労働をしなければならないとの認識を持っているというのが通常のはずです。しかし、業務の都合上止むを得ないと言う理由だけで、会社は社員に残業を命じることができるのでしょうか。
 
 労働基準法第32条において、休憩時間を除いて週40時間、1日8時間以上の労働をさせてはならないとしています。法違反の場合には6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金に処せられます。使用者が、労働者を1日8時間、1週40時間を超えて労働させる場合には、労働基準法36条に基づく協定(36協定)を事業場の労働者の過半数を組織する労働組合、労働組合が存在しない場合は、労働者の過半数代表者との両当事者の署名押印のうえ所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。これにより、法第32条に定める労働時間の上限を超えて労働させても罰せられないという免罰効果が生じ、罰則が適用されないことになります。
 
 それではこの36協定を労働者と締結すれば、使用者は労働者に協定の上限時間まで労働を命令できる残業義務を課すことができるのでしょうか。かつての判例では、36協定の締結・届出、または労働協約、就業規則、労働契約で事前に残業義務を定めていようとも、個々の労働者には法的な残業義務は発生せず、使用者の申し出により労働者が残業に応じても、本来ならば、1週40時間、1日8時間の労働時間を超えて労働しても、使用者に法違反による罰則を免除するという免罰的効果が生ずるに過ぎないとの見解が有力とされていました。(明治乳業事件・昭和44年5月31日)
 
 しかし、最高裁は、「36協定が存在し、使用者が一定の業務上の理由に基づき同協定の範囲内で残業を命じる旨の労働協約、または就業規則が存在する場合には、従業員に残業義務が生じ、残業拒否においては懲戒を課しうる」との判断を平成3年の日立製作所武蔵野工場事件で示しています。同趣旨の判決は他でも出されており、今日では、36協定が適正に締結されており、かつ労働協約等に時間外、休日労働義務の規定が存在すれば、社員に残業させることができると解するべきでしょう。従って、従業員に残業を命じる場合には、36協定の締結と就業規則に時間外、休日労働を命じる旨の記載の両方を備えておく必要があると言えるでしょう。


参照条文:
労働基準法第32条(労働時間)
1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。


労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)
 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。



(神谷篤史)