労務管理が企業価値を決める時代

 この数年の間に新たな労働法制や政策が次々と打ち出されており、かつては後追いであったこれらの法改正が、今や時代を先取りしているようにさえ思えます。こうした法改正に対して、従来は消極的な対応でも良かったのですが、今後は積極的に対応していかないと企業価値が維持できない、もしくは低下する懸念が出てきています。それに的確に対応していかないと、良質な労働力の確保ができなくなると共に社会的な信用を失う危険性があるのです。以下ではこの環境変化のキーワードである、1)少子高齢化、2)労働トラブル、3)過重労働防止、4)法令遵守の4点について、その対応策を述べたいと思います。


1)少子高齢化(=若年労働力不足)
 少子高齢化により若年労働力が確実に減少しているため、近い将来、中小企業では採用難になるのは必至です。高年齢者を積極活用しなければ、事業継続も危ぶまれる時代が目の前に来ています。平成18年4月1日から施行される高年齢者雇用安定法のねらいは、徐々に延長される公的年金受給年齢とのブランクを埋めるためですが、これは暫定措置等が付いているものの、かつて60歳定年が義務化されたときと同様のインパクトを企業に与えます。これにより多くの企業で生涯賃金ベースでの人件費が増加することになりますが、一方で労働力不足が懸念されているため、従来は嘱託契約などで一線を退いた形であったものを、今後は現役として労働力に組み込まざるを得ない状況になってくるでしょう。これは人事諸制度に影響を与え、年功的賃金制度や退職金制度の抜本改定といった対応が迫られます。具体的な対策としては、a)高年齢者へは職務給(仕事に値段をつける賃金制度)もしくは成果連動型賃金制度を重点的に導入する、b)それに接続する正社員の人事制度全体の再構築を行なう、c)退職金と継続雇用をバーターもしくは退職金制度の抜本改定(拠出型への移行もしくは廃止)を行なう、などが考えられます。


2)労働トラブルの防止
 この2~3年で労働紛争が急増しています。この背景としては、働く者の権利意識の高まりとインターネットやテレビの法律バラエティ番組などによって労働諸法令が周知されてきたことがありますが、企業側の労働環境やトラブルの防止対策が不備であることも問題を大きくさせているようです。労働トラブルは企業活動に多大なロスと信用の失墜、社員の士気の低下をもたらすため、訴訟にまで発展することは滅多にないことではありますが、その備えを怠ってはなりません。この数年で労働紛争に対応する様々なあっせん制度や労働審判制(平成18年4月1日施行)の導入、検討過程にある労働契約法によるトラブル対応の法整備など、労使紛争が今後も増え続けることを前提とした社会基盤が出来つつあります。よって企業は「何もしていなければ労働トラブルに見舞われる」と認識したうえで、次の対策を採ることが必要です。
 □就業規則など会社のルールを労使で確認しながら整備をする。
 □労使協議会などを定期的に開催し、積極的に職場の課題を解決する仕組みを作る。
 □苦情処理の窓口を設置する。
 □職場内のコミュニケーションを良好にするための対策を打ち続ける。


3)過重労働防止
 過重労働防止については労働基準監督署が少々過剰と思えるほどその指導に注力しており、その最たる原因である長時間労働は今や社会悪として認識されつつあります。そしてこれに呼応するかように長時間労働が原因とされる「うつ病」などの心因性疾患が顕在化し、これらが労災申請される事例も目立つようになりました。ここにおいて企業の安全配慮義務が問われてきます。最近は長時間労働と心因性疾患または過労死の関係が注目されており、極端に言うと、原因不明の自殺の直前に長時間労働の実態があれば、会社が安全配慮義務違反の責を問われる可能性が高いのです。このため企業には個々の従業員の労働時間管理が義務づけられており、月80時間以上の時間外労働が何ヶ月も続いたり、月100時間以上の時間外労働があった場合には、その従業員に医師の問診を受けさせる必要があります。


4)法令遵守(コンプライアンス)
 法令遵守については、法令違反をした企業が指弾を受けて市場から退場させられる例が続出していますが、労働の分野では残業代不払いがこの問題の代表例として挙げられます。個人情報保護法、改正独占禁止法、公益通報者保護法などの背景、つまり法適応のハードルが上がっている「法化社会」においては、企業は法令遵守の姿勢を積極的に社内外へアピールする必要があります。中でも労働法制は改正が頻繁であり、複雑化しています。残業代の計算方法、法定労働時間の妥当性検証から始まり、育児介護休業制度、高年齢者雇用安定法などの法改正に対応した諸規定など、整備すべきことは多岐に亘ります。中堅クラスの企業では、こうした法的適合性をチェックする労務監査などの取り組みも積極的に行なわれていますが、少なくとも様々なリスクに対応できる就業規則などの整備が必要になってきています。


(小山邦彦)