労務監査における労働時間制度のポイント その1:準備作業・朝礼
本日より労務監査における監査のポイントの解説を行っていきますが、その初回は最近の労働基準監督署が調査でもっとも多くの指摘がなされている労働時間と割増賃金に関する事項を取り上げましょう。
労働基準法では、1日8時間、1週40時間労働の原則がありますが、そもそも、この労働時間の範囲が問題になることがあります。この点に関し、最高裁は「労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間をいい、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めの如何により決定されるべきものではない。」(最高裁平成12年3月9日 三菱重工長崎造船所事件)と判示しています。すなわち労働時間は、作業開始から終了までの時間から、休憩時間を差し引いた実働時間を差すとしているのです。それでは次のような時間は労働時間となるのでしょうか。一般的は労働時間と解するべきかどうか判断に迷うところではないでしょうか。
1)準備作業、後始末の時間
2)朝礼、訓示の時間
3)研修時間
4)持ち帰り労働
5)健康診断の時間
6)休憩時間中の電話当番
7)手待時間、待機時間
8)終業時間後の接待、宴会など
今回はこの中から1)および2)について、具体的事例を交え、詳細に検討したいと思います。
1)準備作業、後始末等の時間
一般的に作業前の更衣、作業準備を要する業務が多いかと思いますので、このそれぞれについて検討してみたいと思います。
□作業準備時間
明確な基準を示すのは困難ですが、三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日)では、「造船現場に従事していた者は、使用者により材料庫等からの、副資材や消耗品な等の受け出しを午前ないし午後の始業時刻前に行うことを義務付けられており、また労働者のうち、鋳物関係の業務に従事していた者は、粉塵が立つのを防止するため上長の指示により午前の始業時刻前に月数回散水することを義務付けられていた」場合について、その時間を労働時間としています。すなわち、作業準備時間はそれが一定の時間的、場所的、行動的に拘束され、自由意思ではなく指揮命令下にあるときは労働時間となり、それ以外の自主的、自発的なものは、通常労働基準法上の労働時間とはならないと解されています。
□更衣時間
所定部署につく以前の作業服への着替え、保護具の装着などは労働時間ではないと解するのが通説ですが、例えば会社の命令(就業規則その他の社則または慣行)として一定の時間に所定の更衣室において使用者の指揮命令を受けて更衣することが義務付けられ拘束されており(社外での着用が禁止されている)、かつ服装についての点検がその場でなされる場合、一般従業員とは違うその業務の性質上特殊な服装をしなければならない場合は労働時間と解される場合があるため、注意が求められます。
□後始末の時間
作業開始と同様に使用者の直接的な指揮命令下で行われるときは一般的には労働時間と解されます。
□作業後の入浴
労働安全衛生規則第625条は、「事業者は身体または被服の汚染するおそれのある業務に労働者を従事させるときは、洗顔、洗身もしくはうがいの設備、更衣設備または洗濯のための設備を設けなければならない」としていますが、入浴時間までが制限されている訳ではなく、指揮命令下にあるとは言い難いため、入浴時間は労働時間でないと解されています(昭和23年10月30日 基発1575号)
2)使用者が一斉に行う朝礼、訓示の時間等
次に、朝礼や訓示の時間、職場体操時間が労働時間に該当するかどうかについて考えてみましょう。これらについても具体的に実質的に判断しなければなりませんが、基本的に以下のような場合には労働時間と解されるでしょう。
□参加が強制されている場合
業務上の義務の一つとして強制的に行われている場合は労働時間となります。
□参加しないと不利益になる場合
朝礼参加状況を賞与の支給や人事考課の査定に加えること、参加しない場合は遅刻とみなすといった不参加について不利益な取り扱いをする場合は、参加を強制することと同じですので労働時間となります。
□当番で報告や指揮をとる場合
自主的活動ではなく使用者の命令によって訓示や注意事項などを当番によって行う場合には労働時間となります。
□点呼をとったり、作業手順の説明をする場合
「駅務員の点呼について、出勤点呼は単に出勤したことの報告にとどまらず、当日の担当交番、始業時刻、心身の状態、励行事項等を読み上げる等して、各駅務員と駅務員を監督する立場にある助役等の上司とが当日の勤務内容、心身の異常の有無を確認し、勤務に就く心構えを整えるために行われること等から労働時間になる」(平成14年2月28日 東急電鉄事件)とあるように、点呼をとったり、作業手順の説明をするような場合については労働時間となります。
□職場体操の時間
体操が自由参加のものとして行われている限り労働時間として算入する必要はありません。参加が強く奨励されていて義務付けとまではいえなければ労働時間ではないとの判例にもあるように、労働者が職場体操について強制されておらず、自由に参加してよいことが保障されている時間と見ることができる場合には労働時間とはなりません。
このように労働時間に該当するか否かについては、明確な基準があるわけではなく、実質的に判断しなければなりません。もし判断に迷われた場合は、上記内容を参照していただければ幸いです。
次回は3)研修時間、4)持ち帰り労働について解説させていただきたいと思います。
□参照条文
労働安全衛生規則第625条(洗浄設備等)
事業者は、身体又は被服を汚染するおそれのある業務に労働者を従事させるときは、洗眼、洗身若しくはうがいの設備、更衣設備又は洗たくのための設備を設けなければならない。
2 事業者は、前項の設備には、それぞれ必要な用具を備えなければならない。
(神谷篤史)