賃金カットの実施状況と法的問題

 先日、ご紹介した厚生労働省「平成17年賃金引上げ等の実態に関する調査結果の概況」という統計資料の中に「賃金カット等の実施状況」という項目があります。まずはそのポイントを見てみることにしましょう。
(1)賃金カット等の実施状況
 平成17年中に何らかの賃金カット等を実施または予定している企業は15.3%(前年13.6%)となっている。このうち、「賃金カットを行った・行う」企業は76.4%(同69.2%)、「諸手当の減額を行った・行う」企業は32.4%(同39.9%)となっている。
(2)賃金カット等の対象者
 賃金カット等を実施または予定している企業について、その対象者の実施状況をみると、「管理職のみ」は28.8%(前年24.5%)、「一般職のみ」は7.6%(同16.3%)、「管理職全員と一般職全員」は24.6%(同27.4%)、「管理職一部と一般職一部」は32.0%(同22.9%)となっている。
(3)賃金カット等の実施期間
 賃金カット等を実施又は予定している企業について、その実施期間をみると、「半年以内」が13.4%(前年15.4%)、「半年以上1年以内」が16.6%(同13.7%)、「1年以上」が70.0%(同67.2%)となっている。


 このように多くの企業で管理職だけではなく、一般職までをも対象とした1年以上の期間に亘る賃金カットが実施されています。日本経済全体としては景気の回復が叫ばれていますが、実態としては同時に企業業績の二極化が進展しています。よって今後もこうした賃金カットによるコスト削減という取り組みは高水準で推移すると予想されます。そこで本日は賃金カットにおける法的注意点について述べたいと思います。


■賃金カットは従業員の個別同意が大原則 
 賃金カットを行おうとする際、まず労働組合のない企業の場合には原則、全社員の個別の同意を得る必要があります。というのも賃金は労働契約の中でももっとも重要な事項の1つとされており、それを不利益に変更する場合には労働契約の変更として、その個別同意を得るというのが原則になるのです。しかし現実には多くの企業で賃金切り下げが実施されています。そうした中には従業員数が数千名以上の大企業も含まれていますが、そういった規模の企業の場合、対象労働者全員の個別同意をもらうことは現実的に不可能でしょう。とすればどのように賃金カットを行ったのかということになりますが、こうした企業では労働組合法第17条に基づく「労働協約の拡張適用」という例外を適用した上で、カットを行っています。


労働組合法第17条(一般的拘束力)
 一の工場事業場に常時雇用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。


 つまり労働者の4分の3以上の多数でもって構成される労働組合が存在し、その組合と賃金切り下げに関して労働協約を締結した場合には、その内容が全従業員に適用されるのです。数千人の従業員を抱えるような大企業でも、労働組合との協議、協約の締結によって、個別同意なくしても賃金カットを実施することが可能になるのです。
 
■社員に厳しい現状を伝え、十分に議論することが重要 
 このように労働組合のある場合であればともかく、通常労働組合のない中小企業の場合には社員全員の個別同意なくして、賃金カットを適法に行うことは基本的にできないと考えることが必要です。とはいえ企業の状況によってはどうしてもそれを行い、現在の危機的な状況を乗り切る必要がある場合もあるでしょう。そうした際には自社の置かれている状況をきちんと社員に伝え、それを理解してもらうと共に、今後の再建計画を十分に社員と議論することが重要となります。賃金カットは現在の危機を乗り越え、自社を存続発展させるための最終手段として行われるものですが、同時に社員に非常に大きな不安を呼び起こすものでもあります。それを行うことによって社員の士気が低下し、優秀な人材の退職が相次ぐようでは本来の目的である自社の存続発展を望むことはできません。よって賃金カットを実施する際にはその前提として役員報酬などのカットを行い、労使共にその痛みを分かち合うことで、自社の存続に向けて協力していくという前向きな風土を醸成すると同時に、個別の同意を得ることが求められます。また実務的には賃金切り下げの期間を限定し、再建計画に基づき一定の業績を達成した場合には元の賃金に戻すといった約束を行い、同意を得やすい環境を用意することもポイントとなります。


(大津章敬)