退職届を代筆した場合の有効性

 先日、あるお客様より「従業員が失踪したようで、すでに1週間連絡が取れなくなっています。無断欠勤の状態ですので、ご両親と連絡を取ったところ、自己都合退職で処理することで話が進んでいます。ご両親から本人の名前での退職届を取っておいた方がよいですか?」という質問を受けました。今回は、代筆による退職届の有効性について考えてみましょう。


 結論としては、代筆は無効とされる可能性が高いでしょう。退職届は労働契約解消の意思表示として、従業員側から使用者側に提出されるものです。ここで重要なことは、退職届という「形式」ではなく、その本人の意思表示の有無です。裁判例としても「反戦集会に参加して逮捕勾留中の20歳の女子労働者の父親が、本人に代わってなした依願退職届は、本人の同意を欠き無効」(札幌高裁昭和48年7月30日)とあります。


 従って、冒頭で挙げた事例のように失踪などで従業員の行方が分からない場合は、公示送達という方法を取ることで法的要件を満たす必要があります。公示送達とは、民法第98条で「相手がわからない場合の意思表示の方法」として設けられている制度です。公示を行う場合には相手が最後に居住していた居住地の簡易裁判所に対して申し立て、意思表示を相手方に到達させるることができる制度です。この制度を活用することにより、住所が不明な従業員に対して、解雇などの意思表示を行なうことができます。若干手間と時間がかかる手段ではありますが、有効性を考えた場合には必要な方法といえます。


 なお実務上、こうした手段を用いずに両親等とのやり取りで一定の問題解決を図りたいということもあるでしょう。その場合はどうしてもいくらかの法的な問題は残りますが、少なくとも以下の2点については対応し、少しでも問題発生リスクを軽減しておきたいものです。
1)解雇事由および手続きに関する就業規則の整備
2)両親や身元保証人との交渉過程の記録作成および保存



□参考条文:民法第98条(公示による意思表示)
 意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。
2 前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法(平成8年法律第109号)の規定に従い、裁判所の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも1回掲載して行う。ただし、裁判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ずる施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
3 公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から2週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
4 公示に関する手続は、相手方を知ることができない場合には表意者の住所地の、相手方の所在を知ることができない場合には相手方の最後の住所地の簡易裁判所の管轄に属する。
5 裁判所は、表意者に、公示に関する費用を予納させなければならない。


(宮武貴美)