出張のときの労働時間はどう考えるの?
宮田部長、マニュアル部門の先月の業績はどうだったかな?
宮田部長:
はい、昨年よりマニュアル制作を受託している鈴鹿自動車の仕事が好調で、前年比2桁の伸びが継続しています。今年は新車発表が続いているので、現場は嬉しい悲鳴を上げていますよ(笑)。
服部社長:
そうか、そうか(笑)。この分野の立ち上げは本当に戦略がバッチリ的中したな。いつもこうだと本当に良いのだが。しかし、マニュアル制作の社員はこの頃、出張続きでほとんど社内にいないようだな。大変だろうが、充実した仕事ができているだろう。いいことだね。
宮田部長:
はい、本当に嬉しいですね。社長、久しぶりに期末ボーナスを計画されてはいかがですか?
服部社長:
おいおい、調子に乗ってはいかんよ(笑)。でも本当に考えても良さそうだなぁ。みんな、頑張ってくれているから役員会にかけてみるか。よし、試算してみてくれ。
宮田部長:
はい、分かりました。あっ、そうだ。昨夜、マニュアル制作部門の興津君から休日手当のことで相談があったんです。
服部社長:
興津君か、彼は本当に頑張ってくれているね。先日も同僚の清水君がやり残した仕事について、自ら申し出て、やり切ってくれたそうじゃないか。上司の早川課長の評価もいつも良いようだな。
宮田部長:
えぇ、少しだけ雑なところはありますが、仕事は速いですし、責任感が強いようです。若手社員の中でのリーダー格ですね。さて、それでその興津君からの問い合わせですが、先日、取引先との打ち合わせのため、金曜日丸一日出張に行っていたそうなんです。その際、フライトの関係で金曜日は現地で宿泊し、翌日の土曜日に帰ってきたそうなのです。そこで、帰ってくることになった土曜日に対して、当社は休日なので、その土曜日分の休日労働の請求をしても良いかとの質問を受けたのですが、社長、どうしましょうか?
服部社長:
う~ん、そうだなぁ。そんなケースは今までにもあったかもしれないが、いざ実際申し出られるとどうしたものか?
宮田部長:
確かに、土曜日は出張先からこちらに帰って来るまで半日はかかりますからね。拘束されているといえばそのとおりですね。
服部社長:
別にその分の賃金を支払うのが嫌なのではないが、適正に処理するにはどうしたら良いだろうか?これもまた大熊先生に相談せざるを得ないね。
大熊さん、いつもいつもお呼びたてして申し訳ない。また、相談に乗ってもらえませんか?
大熊社労士:
申し訳ないなんて、とんでもありません。私でお役に立つことでしたら喜んで参りますよ。私のモットーは「会社で働く社員や経営者の方々がハッピーに働くことができる環境を創ること」ですから、そのためなら喜んでお手伝いさせていただきます。
服部社長:
嬉しいことを言ってくれるね。当社もそのような環境を実現させたいと思っているんだ。だからよろしく頼みますよ。それでは早速ですが、今日の相談内容について、宮田部長の方から説明してもらえないかな?
宮田部長:
はい、分かりました。実は、これこれの問題がありまして…。
なるほど、まず、出張のときの労働時間の考え方は、事業場外みなし労働時間制を適用します。この制度についてはよろしいですね?
宮田部長:
先日、営業職の労働時間の件で教えてもらったものですよね。
大熊社労士:
そう、そのとおりです。さすが総務部長、最近はよく勉強されており私も嬉しいですね。念のため、おさらいしますと、事業場外みなし労働時間制は「労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」という考え方をします。営業職の労働時間のところでも説明しましたように、出張であっても携帯電話等で逐一具体的にこと細かく指示しているときは労働時間を算定し難いとはいえませんが、一般的にはそのようなことはしませんね。出張目的を明確にし、一定の指示をした上で、時間配分や休憩などは出張する社員に任せることになるでしょう。そうであれば、労働時間を算定し難いので、所定労働時間労働したものとみなされます。次に本題ですが、土曜日は、出張の本来目的の業務を遂行することなく、単に帰途につくためだけでしたね。
宮田部長:
えぇ、そうです。
大熊社労士:
それであれば、土曜日は労働時間にはあたらず、賃金を支払う必要はありません。したがって、休日労働分としての割増賃金ももちろん支払う必要はない、というのが法律問題としての結論です。
宮田部長:
しかし、休日を拘束していることには変わりませんし、出張した社員のことも考えてあげたいと私個人は思っていますが、どうしましょうか、社長。
服部社長:
そうだなぁ、難しいなぁ。代休を与えるという手もあるが…。
宮田部長:
出張に当たっては、できる限りその日のうちに帰社、帰途させるなどを徹底させますが、やむを得ない場合は、社員のことを考えて代休1日を与えましょう。
大熊社労士:
社員を大切にする会社ですね。すばらしいですね。しかし、確認しておきたいことがあります。よろしいですか?
宮田部長:
はい、どうぞ
大熊社労士:
半日で帰って来ることができても、代休1日を与えるということでよろしいですか?また、その代休は通常の賃金を支払うということでよろしいでしょうか?
服部社長:
うん、いいだろう。
大熊社労士:
また、今回新たに取り決める代休は、法律に基づいたものではありませんので恩恵的な配慮となりますが、一旦制度化してしまうと今後はそれがルールとなり、取りやめることは難しくなります。あえて確認しますがそれでもよろしいでしょうか?
服部社長:
うーん、そうか、念を押されると躊躇してしまうな。それではまず、このようなケースに該当する出張がどの程度の頻度で発生しているのかを調べさせることにしよう。判断はそれからだな。宮田部長よろしく頼むよ。
服部社長:
わかりました。すぐにこの1~2年間の状況を調べさせましょう。その際、ある特定の人に偏ったりしていないかもチェックしてみることにします。
大熊社労士:
現実的には土曜日の午前中に帰着する場合と、夕方や夜に帰着する場合の取扱いの公平性なども検討する必要があるでしょう。またより細かい話であれば、その帰着時刻も自宅到着を基準とするのか、空港などを基準とするなど、実務運用を考えると、潰しておかなければならない様々なポイントがあります。
服部社長:
なるほど、これはなかなか一筋縄ではいかないようですね。まあ、それでも法律上の取り扱いでは適法であることはよくわかりました。その上で、当社としてはどのようにすべきかを考えてみます。まずそのために、過去の頻度を調査してみます。大熊先生、今日もありがとうございました。
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
みなさん、こんにちは、大熊です。今回は出張のときの労働時間について取り上げてみました。出張のときの労働時間は、前回解説しました事業場外みなし労働時間制」を適用することになります。
労働時間を算定し難いため、所定労働時間労働したとみなすことになるわけですが、現実には出張において、所定労働時間を超えて労働することが必要な場合もあるでしょう。例えば、夕方よりお客様との打ち合わせがあるといったように、その業務の時間が所定労働時間外にあることが明らかな場合には、時間外労働として割増賃金を支払う必要があります。また、出張先まで移動している時間については、拘束されてはいるものの、その移動中に特別な指示がない限り、労働時間としては取り扱われません。したがって、今回の服部印刷のケースで、出発の金曜日に所定の始業時刻より前に移動させたとしても、これも労働時間ではありません。出張における移動時間が労働時間されるのは、商品を運搬するなど、その移動自体が業務となっているような場合や、病人等に付き添い、常時看護・介護しなければならないときなど、非常に限定されます。
なお今回、服部印刷では代休の付与という対応を行いましたが、出張旅費規程に基づく日当の支払いで対応することも多いでしょう。
[関連条文]
労働基準法第38条の2(事業場外労働)
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
[関連通達]
昭和63年1月1日 基発第1号
事業場外で労働する場合で、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務が増加していることに対応して、当該業務における労働時間の算定が適切に行われるように法制度を整備したものであること。
関連blog記事
2007年1月22日「営業職には時間外手当は必要ないと思っていました」
https://roumu.com/archives/51779478.html
(鷹取敏昭)
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