飲食店労務管理超基礎【第1回】飲食店店長ならば、必ず就業規則を整備する

 飲食店においては、有期雇用契約従業員が多い、比較的勤続年数が短い、営業時間の関係から長時間労働になりやすいといった状況から数多くの労働トラブルが発生しています。そこで今回より10回に亘り、「飲食店店長なら知っておきたい労務管理の超基礎10」と題する連載を開始します。この連載が、飲食店店長・飲食店経営者の労務管理意識の向上に繋がり、労働トラブルの減少に繋がることを願っています。



飲食店店長なら知っておきたい労務管理の超基礎10
【第1回】飲食店店長ならば、必ず就業規則を整備する



就業規則を作成・周知をしていない飲食店が多い
 飲食店においては、就業規則の作成や届出を行っていない、もしくは就業規則は作成してあるものの、金庫の奥底にしまっていて普段従業員の目に触れないというところも少なくないようです。このように就業規則が周知されていないことの大きな原因のひとつは、就業規則に対する誤った認識にあります。多くの経営者は、就業規則とは、従業員の権利を記載したものであるという認識を持っているようです。就業規則には、年次有給休暇や時間外割増賃金などの従業員の権利が記載されています。しかしそれらの多くは、法律上当然従業員に与えなければならないもので、たとえ就業規則を作成していなかったり、周知していないとしても法律に基づき、従業員に与えなければならないものです。いまやインターネットで検索すれば、パートやアルバイトでも年次有給休暇の権利があるといった情報を簡単に得ることができる時代です。このように考えると、就業規則を従業員の目に触れないようにしておくことは、それほど意味のある行為ではなく、後述するとおり、むしろ経営上のリスクを高めることになると考える必要があります。


就業規則を作成・周知していない飲食店のリスク
 就業規則を作成・周知しない飲食店にとってなによりも怖いのは、不祥事を起こした従業員に対する懲戒処分を課すことが難しくなってしまうことでしょう。飲食店においては、正社員よりもパートやアルバイト、更には外国人従業員が多いという特徴があり、他の業種と比べて、相対的に従業員への教育が難しいため、結果的に従業員に関するトラブルが発生しやすい状態にあります。また現金を直接取扱う機会が少なくなく、またお客様と直接接する仕事であることも、トラブルが起こりやすい要因といえるでしょう。例えば「従業員がレジからお金を持出していた」「従業員が仕入業者からバックマージンをもらっていた」「従業員がお客様に怪我をさせてしまった」などといったトラブルが実際お店で発生したことがあるという飲食店も多いのではないでしょうか?こういった場合には、経営者としてはその従業員に対して懲戒処分を行いたいところです。しかし、懲戒処分を行うためにはあらかじめ就業規則を作成・周知しておくことが求められます。懲戒処分ができなければ、トラブルを起こした本人に反省させることもできませんし、周りの従業員にも「あれくらいなら懲戒処分されないんだ」となめられてしまうことにもなり兼ねません。結果、店舗の規律が保てなくなり、従業員のモラル、やる気も下がり…、と負のスパイラルに陥ってしまうのです。それでは以下では就業規則の作成と周知のポイントについて述べて行きましょう。


(1)就業規則の作成
 「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要する」とした最高裁の判例があります。「懲戒の種類及び事由を定めておく」とは、どんなことを行ったら、どんな懲戒になるかを定めておくことを指します。つまり、例えば会社の金銭を盗んだ場合は懲戒解雇、シフトに穴を開けたときは譴責などといったように、就業規則において、懲戒の程度を定めておく必要があるのです。このときあまりにも限定してしまうと想定外の問題がおこったときに懲戒処分ができませんので、「その他前各号に準ずる行為があったとき」と言う包括的な一文を付け加えることは忘れないようにしてください。また就業規則の雛型によっては「懲罰委員会の審議を経て処分を決する」という一文が入っていることがありますが、法律は必ず懲罰委員会を置くことを要求しているわけではありません。懲罰委員会は公正な懲戒処分のためには非常に有効な仕組みですが、もしも現実的に懲罰委員会を設けることが困難な規模であるのに、就業規則に「懲罰委員会の審議を経て」と記載してしまえば、必ず懲罰委員会を開催する必要がありますのでご注意ください。もっとも懲戒解雇に該当するような厳しい処分をする際には、懲罰委員会で審議していただきたいところです。


(2)就業規則の周知
 更に最高裁の判例は「就業規則が法規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要するものと言うべきである」と述べています。つまり、懲戒処分を行うためには、就業規則を作成するだけでなく、従業員への周知が必要なのです。周知はトラブル発生後の懲戒ができるようになる効果だけでなく、きちんと周知すればトラブルを事前に防ぐことに繋がります。入社時のオリエンテーションで説明することは当然として、例えばミーティングの際にも定期的に「知り合いの店でこんな不祥事があったが、当店でこんなことがあった場合は…」といったように話をし、自社の考え方や価値観を共有することで、不祥事の予防に活用することも大切でしょう。


 就業規則を作成・周知していなければ、企業は、従業員がトラブルを起こした際に懲戒を行うことが難しくなり、無用なトラブルを呼ぶことにもなり兼ねません。確かに10人未満の従業員を使用する飲食店においては、就業規則の作成や届出の義務がないとされています。しかし、飲食店においては残念ながら、トラブルの発生頻度が高いのが現状です。飲食店経営においては、たとえ就業規則の作成義務がなくても、就業規則に懲戒規程を定め、確実に従業員に浸透させてトラブルを未然に予防することが重要です。


(中島敏雄)


当社ホームページ「労務ドットコム」にもアクセスをお待ちしています。


当ブログの記事の無断転載を固く禁じます。