健康診断を受診しない社員を放置するのは会社のリスクです!
服部社長は、創業者の息子として服部印刷の2代目社長を務めている。2000年に父親である創業者が亡くなったことで、急遽2代目に就任したのだが、周囲からは若い頃から社長の息子という見方をされていたため、それを見返してやろうとバリバリ働き、下積みを重ねて成績を残してきた。いまや先代社長以上に服部印刷を大きく成長させているのでもはや、跡取りだからどうのこうのという社員は一人もいない。そのバイタリティーあふれる行動の裏には、体力に関しては自信があった。しかし、今日はどうも様子が違っている。それに気づいた大熊社労士は、声をかけた。
大熊社労士:
服部社長、今日はいつもと違って元気がないですね。何か仕事でトラブルでもありましたか?
服部社長:
いやぁ、仕事はまあまあ順調だと思いますよ。ただ最近、どうも疲れやすく体調が優れないんですよ。そんなこともあって今朝出勤前に、かかりつけ医のクリニックに行ってきたのですが、「血圧が高いので注意してください」と言われてしまいまして…。若い頃から健康だけは自信があり、そのようなことを言われたことがなかったので、少し落ち込んでいたんですよ。
大熊社労士:
そうですか。いつも社長からのメールは深夜ですしね。たぶん働き過ぎで、疲れが溜まっているんですよ。今回の体調不良も「あまり無理しないように」というメッセージではないですか?
服部社長:
そうだね、ありがとう。今週末は特に予定もないのでゆっくりさせてもらうことにします。
宮田部長:
社長、是非そうしてください。いま社長に倒れられると当社は本当に困ってしまいますので、気をつけてください。
大熊社労士:
ところで年度末を迎え、社員の皆さんもかなり忙しそうですが、健康状態には問題ありませんか?
宮田部長:
今年は暖冬のせいか、インフルエンザも流行らなかったので、今のところ問題はないと思います。しかし、残業が多くなってきているようなので、やや疲労感が見えるようですね。
服部社長:
そうだな。社員には休みを十分取らせてやりたいのだが、今が山場だから、もう一踏ん張り頑張ってもらいたいところだな。宮田部長、繁忙期を越えたら、順番に連続休暇を取らせるなど調整をしておいてもらえないだろうか?体力もそうだが、気力の面も心配だからな。
宮田部長:
承知しています、社長。
大熊社労士:
とりあえず現状は健康面で問題が発生している社員はいないようですが、日常的に顔色や様子を見て、異常がないか確認しておいてくださいね。そういえば健康管理ついでにお聞きしますが、健康診断は実施されていましたかね?
宮田部長:
毎年1回実施しなければならないものですよね。はい、実施しています。確かここ数年の受診率は85%ぐらいですかね。
大熊社労士:
ということは残りの15%の社員は受診していないのですか?
宮田部長:
会社で実施日を決めてやっているのですが、特に外回りの多い営業職の受診率が低いのです。それが問題だとは分かっているのですが、具体的な対策などは特に行っていないというのが現状です。
大熊社労士:
そうですか、それは問題ですね。例えば、次のような対策が打てないでしょうか?
健康診断の実施日には、全社員必ずスケジュールを空けさせる。そのために、管理職がその日を社内行事と同等レベルとしてスケジュールを完全にコントロールする。
実施日に受診できなかった場合は、指定または任意の医療機関で健康診断を受診させ、期限を定めて健康診断書を必ず提出させる。
健康診断担当者から未受診者に対し、繰り返し受診するよう伝える。
でも受診しないようであれば、直属の上司が強制的にスケジュール調整をし、健康診断を受診させる。
服部社長:
当社はそこまではまったくできてないですね。そこまで徹底して受診を勧めるには、何か訳がありそうですね。
大熊社労士:
はい、もちろん法律に規定されてあるからという理由もありますが、健康診断を行っていないというのは本人の健康管理だけでなく、会社のリスクにもなるのです。実は長時間労働を原因とする脳卒中などの脳疾患や心筋梗塞などの心臓疾患の発生率が高い水準で推移しています。そこで政府は長時間労働の抑制を狙って、法改正などでいろいろな対策を講じています。例えば、平成18年4月から残業月100時間を超える社員が、疲労感があって医師の面接指導を申し出た場合には、会社はそれを受けさせるよう義務付けとなりました。また最近、過労死や過労自殺に関する訴訟も増えてきていることは、以前にもお伝えしましたとおりです。会社が安全配慮義務を果たさず、その結果、社員の健康に障害が起こってしまった場合、会社は工学の損害賠償を負わなければならないことにもなります。それに加え、過労死事件として新聞やインターネット上に会社名が出てしまうといった風評被害も怖いですね。
服部社長:
不名誉なことで会社の名が出るのは何としても避けたいね。
大熊社労士:
そうですよね、そうならないためにも、まずは社員の健康状態を把握することが第一となります。したがって、法令で定められている健康診断は最低限実施しておかなければなりません。特に健康診断未実施者は、忙しく労働時間が長い社員が多いと思われますので、その未実施者に対し対策を講じないでおくということは、危険性の大きい状態を放置していると同じだとも言えるのではないでしょうか。
服部社長:
確かにそうですね。宮田部長、さっそく次回からは大熊さんの指摘を生かして、社内への指導を徹底していこう。
宮田部長:
分かりました。大熊先生、ありがとうございました。できるだけ対策をとって社員全員が受診するようにしてみたいと思います。
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
こんにちは、大熊です。今回は、健康診断について取り上げてみました。最低年1回実施が義務付けられている健康診断は、単に受診するためのものではありません。健康診断の結果、社員の健康状態を把握して、その健康状態に適した就業場所や時間に配慮することが必要です。中小企業においてはコストや時間的な制約から、健康診断を実施していない企業も少なくないようですが、社員の安定的な労働力の確保のための健康確保、そして経営上のリスク管理の観点から、確実に実施しておきたいものです。
[関連条文]
労働安全衛生法第66条(健康診断)
事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。
労働安全衛生法施行規則第44条(定期健康診断)
事業者は、常時使用する労働者(第45条第1項に規定する労働者を除く。)に対し、1年以内ごとに1回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。
一 既往歴及び業務歴の調査
二 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
三 身長、体重、視力及び聴力の検査
四 胸部エックス線検査及び喀痰かくたん検査
五 血圧の測定
六 貧血検査
七 肝機能検査
八 血中脂質検査
九 血糖検査
十 尿検査
十一 心電図検査
関連blog記事
2006年12月10日【労務管理は管理職の役割】安全配慮をすべき範囲は広がっている
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50820658.html
2006年5月22日「改正労働安全衛生法による長時間労働者の面接指導制度」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50569394.html
2006年5月14日「過労死の判断基準~時間外労働100時間以上は要注意」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/50552147.html
参考リンク
厚生労働省「労働安全衛生法の改正について」
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/roudou/an-eihou/index.html
(鷹取敏昭)
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