「労災かくし」は、労災保険を使わないことではないのですか?

 服部印刷の平成19年度上半期業績は、まずまず計画通りの状態で来ている。秋から年末に掛けてはこれまで以上に忙しくなる時期を迎えるため、社内に活気が出始めている雰囲気を感じた大熊社労士であった。



労災かくし服部社長:
 私のかかりつけの病院で「労災かくしは犯罪です」というポスターを見たのですが、「労災かくし」とは何でしょうか?
大熊社労士:
 まず「労災かくし」を説明する前に、労災について確認しておきましょう。労災とは、仕事中の事故や災害によってケガを負ったり、病気にかかり、または死亡したりする災害のことをいい、それに対する必要な給付を行うものとして労災保険という公的な保険があります。
服部社長:
 はい、その程度は私も知っています。治療費は労災保険がみてくれるので、社員負担はないんでしたよね。
大熊社労士:
 そうです。その他に、療養のために収入が減ったり、障害が残ったりした場合、または死亡した場合にも補償があります。正式には労働者災害補償保険といいます。ところが、この仕事中のケガや病気に対し労災保険を使わずに、健康保険で治療をさせることがよく見られますが、そうした場合には健康保険は基本的に使えませんのでくれぐれも覚えておいてください。
宮田部長:
 そういうことを知らずに健康保険を使う社員もいるのではないでしょうか。
大熊社労士:
 はい、中にはそのような方もおられますね。なお、医療機関での問診で仕事中のケガ等を負ったということがわかれば、医師等から「健康保険は使えないので労災保険を使うように」と教えてくれることもあります。しかし、いずれにしても普段からの社員教育は必要でしょうね。
宮田部長宮田部長:
 患者の窓口負担の違いがあることは知っていますが、労災保険と健康保険は他にどこが違うのでしょうか?
大熊社労士:
 労災保険では、休業する必要がある場合に休業補償という給付があります。同じような制度は健康保険にもありますが、給付期間に制限があります。しかし、労災保険の場合は仕事中のケガや病気で休業している間は、原則として制限なく給付を受けることができます。また、障害などが残る場合は傷病補償年金や障害補償年金、死亡した場合は遺族補償給付が支給されるなど健康保険や厚生年金保険に比べ手厚い給付となっています。また、健康保険には加入できないアルバイトやパートタイマーでも労災に入っていることになりますので、いざというときは安心です。
服部社長:
 わかりました。それでは、「労災かくし」をしないためには、労災保険を使えばいいということですね。
大熊社労士大熊社労士:
 仕事中のケガや病気にかかったときは、労災保険を使うのは当然なのですが、実は「労災かくし」というのは、故意に「労働者死傷病報告」を提出しないこと、または虚偽の内容を記載した「労働者死傷病報告」を所轄労働基準監督署長に提出することをいいます。
宮田部長:
 「労働者死傷病報告書」というものがあるのですか。はじめて知りました。私はてっきり労災保険を使ったらいいと思っていました。
大熊社労士:
 そう思っておられる会社が多いですね。「労働者死傷病報告」は、行政が災害発生状況を把握するためのものであるほか、事業主自らも災害発生原因等を的確に把握し、同種災害の再発防止対策を確立していくという意味も持っていると考えてください。
服部社長服部社長:
 わかりました。労災かくしにならないよう、もしそういう事態が起こったら速やかに提出するようにします。
大熊社労士:
 そうしてください。しかし、残念ながら近年、労災の発生を隠すために故意に「労働者死傷病報告」を提出しなかったり、または事実とは異なった虚偽の内容を記載して提出する会社が多く、摘発される件数が増えているという報告があります。
服部社長:
 そういう意味から、病院で「労災かくしは犯罪です」というポスターが貼ってあったのですね。
大熊社労士:
 労災かくしに対して厚生労働省は、罰則を適用して厳しく処罰を求めるなど、厳正に対処するとしています。もし、わからないことがあれば私か、または労働基準監督署の労災担当官にお尋ねください。とにかく隠しておくのは良くありません。


>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。今回は労災かくしについて取り上げてみました。労災かくしの動機は、軽いケガの場合、監督署に報告すると後々面倒だとか、下請会社が災害を発生させると元請会社から仕事がもらえなくなる、被災者が不法就労の外国人のため相手の弱みに付け込むといったものが多く見られます。また、労働者自身が今後使ってもらえなくなるからという理由で隠してしまうこともあるようです。しかし、労災かくしは、治療等に労災保険を使用しないため、後々費用面で過度の負担がかかるなどでトラブルとなる可能性が大きいのです。いずれにしても労災かくしは、明らかな犯罪行為です。労災かくしが発覚した場合には労働安全衛生法違反として厳しく処罰を受けることもあります。そうなってしまうと、より一層会社には大きなダメージを与えることとなってしまいますので、適正な取り扱いが求められます。もちろん、仕事中にケガや病気を起こさないような安全対策を講じることも大切です。


[関連条文]
労働安全衛生規則 第97条(労働者死傷病報告)
 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第二十三号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
2 前項の場合において、休業の日数が四日に満たないときは、事業者は、同項の規定にかかわらず、一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの期間における当該事実について、様式第二十四号による報告書をそれぞれの期間における最後の月の翌月末日までに、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。


労働安全衛生法 第120条
 次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
5 第100条第1項又は第3項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者


労働安全衛生法 第100条(報告等)
 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
3 労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、事業者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。



関連blog記事
2007年9月11日「事故報告(労働安全衛生法)」
http://blog.livedoor.jp/shanaikitei/archives/54807654.html
2007年9月4日「労働者死傷病報告(休業4日未満)」
http://blog.livedoor.jp/shanaikitei/archives/54799415.html


参考リンク
厚生労働省「「労災かくし」は犯罪です」
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/index.html


(鷹取敏昭)


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