社員の重大な過失で発生した損害について賠償させることはできますか

 服部印刷で久し振りに事件が発生。聞けば、社員が業務中に居眠りをしてしまい印刷機を壊してしまったとのこと。その機械の修理代金が高額であったため、本人への戒めも含めて損害賠償をしてもらうという話になり、その対応についての打ち合わせの場が持たれることとなった。



服部社長:
 大熊さん、こんにちは。今日はすみません、急にアポイントをお願いしまして。
大熊社労士:
 いえいえ、いいですよ。聞くところによれば現場で高額の機械が壊れてしまったそうですが。
服部社長服部社長:
 えぇ、そうなんですよ。実は工場で働く社員が業務中に居眠りをしてしまい、印刷機を故障させてしまったのです。それもよりによって当社の機械の中でももっとも高額の機械でして、修理費用に80万円の費用がかかりそうなのです。
大熊社労士:
 そうですか。しかし業務中に居眠りをして機械を壊してしまったというのは困ったものですね。ちなみに居眠りの原因はなにかあったのですか?
宮田部長:
 いいえ、ここ数ヶ月の残業時間を確認してみましたが、せいぜい月10時間程度でしたし、また上司が面談をしたのですが特に変わった様子もなかったとの報告があり、面談の記録も残しています。
大熊社労士:
 なるほど。特に過重労働があったというようなこともなさそうですね。
宮田部長宮田部長:
 はい、それはないと思います。そこでご相談なのですが、今回は本人が業務中に居眠りをして機械操作を怠ったために、機械が壊れてしまいました。完全に本人の過失ですから、修理代金の一部を本人に負担させようという話をしているのですが、問題はないのでしょうか?
大熊社労士:
 損害賠償ということですね。この点に関しては労働基準法には、損売賠償の予定の禁止という条文があります。具体的には労働基準法第16条において「使用者は労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をしてはならない」と規定されています。これは労働契約を締結する際に、会社に損害を与えたときに実際の損害金額に関わらず○万円支払うなどという契約をしてはいけないというものです。しかし、実際に損害が発生している場合に、その賠償を本人に求めることは問題ありません。通達においても「本条は、金額を予定することを禁止するのであって、現実に生じた損害について損害を請求することを禁止する趣旨ではないこと」(昭和22年9月13日 発基第17号)とされています。
福島照美福島さん:
 実際の損害については本人に賠償させることはできるが、賠償する事項について最初から労働契約に盛り込んではいけないということですね。
大熊社労士:
 その通りです。もともとの考えとしては、損賠賠償の予定をすることで、労働者の自由意思を不当に拘束し、強制労働につながりやすいということで、それを防止するために禁止されてきました。この損害賠償の予定の禁止に関し、最近よく問題になるのは海外留学費用ですね。社員を海外留学させる場合に、帰国後すぐに転職しないようにするために、帰国して○年以内に退職した場合は、その留学費用の返還を求めるような取扱いをしているケースがあるようです。この場合も、一定の期間について勤務を強制していることになりかねませんので、問題があります。
宮田部長:
 なるほど。先ほど、実際に損害が発生している場合に、その賠償を本人に求めることは問題ないとお聞きしましたが、今回のケースにおいては80万円全額を本人に賠償させても構わないのでしょうか?
大熊社労士大熊社労士:
 いえ、ここが労働法の難しいところなのですが、実際の損害賠償の金額についてはいくらか制限がかかることになります。参考になりそうな判例としては、大隈鉄工所事件(名古屋地裁 昭和62年7月27日判決)があります。これは深夜勤務中の居眠り事故によって高額な機械に損傷を与えたことについて、労使の経済力・賠償負担能力の差、会社が機械保険等に加入するなどの損害軽減措置を講じていなかったこと等を考慮して、減価焼却後の機械時価の1/4相当額を限度としています。
宮田部長:
 なるほど。いろいろなことに配慮しなければならないのですね。金額については社内で検討し、今後のためにも運用ルールを作っておきます。


>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。今回は損害賠償について取り上げてみました。今回の事案では業務中の居眠りにより事故が起こり、80万円もの修理代金が発生してしまいました。このように本人の重大な過失によって損害が発生した場合、その損害については本人がそれを現状に回復させるか、その費用を負担することが原則となります。しかし、ここが労働者を保護するという使命を持った労働法の面白くもあり、難しいところなのですが、企業は労働者の労働により利潤をあげている以上、仮に本人の過失があったとしても一定の割合でその責任を分担するというのが実際の考え方になります。よって今回の事案においても修理代金全額を本人に負担させるのは問題となり、実務的にはその一部に止まることとなります。


(福間みゆき)


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