自転車通勤における通勤災害の取扱いについて教えてください

 先週は自転車通勤を認める際の注意点について解説したが、今週は引き続き、通勤途上での事故が発生した際の保険給付の内容について取り上げることとする。



大熊社労士大熊社労士:
 先日は自転車通勤についても一定確率で事故のリスクがあることから、自家用車での通勤と同じように許可制を採用するなど会社として管理しなければならないというお話をしました。今日はそれに引き続き、自転車通勤中の事故における労災の問題についてお話しましょう。
宮田部長:
 よろしくお願いします。
大熊社労士:
 それでは本題に入る前に一つクイズを出します。自転車の事故は年間どれくらい発生しているでしょうか?
宮田部長:
 う~ん。見当もつきませんね。
大熊社労士:
 私も調べてみて初めて知ったのですが、警察庁発表の統計資料「自転車事故の発生状況(平成21年度)」によれば、平成21年において自転車が当事者となった交通事故は156,373件発生しており、これは交通事故全体のなんと21.2%を占めているそうです。
宮田部長:
 えっ?つまり交通事故のうち5件に1件が自転車事故ということですか?感覚的にはそんなに多いとは思いませんでした。
大熊社労士:
 そうですよね。私も最初にこの数字を見たときはびっくりしました。もちろん自転車は大人だけが乗るわけでなく、子供や主婦、免許を持っていない人も乗るわけなので、一概には言えないのですが、思ったよりも多くの自転車事故が起きているというのが率直な印象かと思います。また死亡事故も692件に達していますから、本当にリスクが高いということが分かりますね。さて、前置きはこれくらいにして、本題に入りましょう。通勤途上の事故が通勤災害として認められるためのポイントはどのようなことだったでしょうか?福島さんっ!
福島さん:
 はい、え~っと、「合理的な経路及び方法」による通勤であることではなかったでしょうか?
大熊社労士:
 さすがですね(笑)。そのとおりです。通達(平成18年3月31日 基発0331042号)によれば、この「合理的な経路及び方法」とは「住居と就業の場所との間を往復する場合に、一般に労働者が用いると認められる経路及び手段等」のことを指しています。つまり会社に届け出されている通勤経路だけでなく、その他にも通常考えられるような経路であれば、それも合理的な経路として認められるということです。
福島照美福島さん:
 当社でもよくあるのですが、子供を保育園に預けるために自宅から保育園へ行き、そこから会社へ向かうような場合も合理的な経路になるんでしたよね?
大熊社労士:
 そうですね。そのような場合には合理的な経路として扱われることになります。しかし、自転車通勤は経路選択の自由度が高いため、通勤途上で寄り道をし、合理的な経路を外れる頻度が高いと考えられます。ですから自転車通勤者には、通勤災害に関する基本的なルールを説明し、合理的な経路を外れた場合のリスクについて理解させておくことが大切でしょうね。
宮田部長:
 私の場合、運動不足解消のために自転車通勤とあわせて、会社帰りにスポーツジムにも通おうと思っていたのですが、帰宅途中にスポーツジムで一汗かいたあとに事故にあってしまった場合はどうなるのでしょうか?
大熊社労士:
 宮田部長、運動をされるというのは素晴らしいと思いますが、残念ながら、スポーツジムのあとの帰路については通勤災害は適用されません。通勤途中の寄り道のことを「逸脱・中断」と呼ぶのですが、「日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行う最小限度のもの」である場合を除き「逸脱・中断」の間やその後については、通勤とは取り扱わないものとされています。
宮田部長:
 そうなんですね。それじゃあジムはやめておこうかな…。ちなみに会社帰りに耳鼻科に通院することがあるのですが、それもダメなのでしょうか?
大熊社労士:
 いいえ、先ほどの「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のもの」の中に、病院への通院、日用品の購入、クリーニング店への立ち寄りなどがあげられていますので、耳鼻科への通院後については通勤災害として認められるんですよ。
宮田部長宮田部長:
 そうなんですか!結構複雑なんですね。でもまあ、どんなケースが通勤災害になるかということもありますが、いずれにしても安全運転に気をつけて、寄り道はせずに帰宅する事が大事ということですね。
大熊社労士:
 そうですね。自転車通勤だと普段気がつかなかった景色が目に飛び込んできたり、おいしそうな飲み屋を発見したりと、いろいろな寄り道の誘惑があるでしょう。しかし、通勤途中での事故防止の観点からは、安全運転に気をつけて、寄り道をせずに帰宅してもらうことが重要ですね。それともう一つ触れておきたいことがあります。先ほどから「合理的な経路及び方法」のうち、経路の話をしてきましたが、方法についても考えておかなければならないかも知れません。
宮田部長:
 と言いますと?
大熊社労士:
 はい、自転車通勤と言えば従来、事業所の近隣から通勤する従業員がほとんどだったと思いますが、最近は10キロや20キロといった遠方から健康増進目的で自転車通勤をするような例が増えてきています。そのような距離の通勤の場合、公共交通機関等を利用することが通常だと思われますので、その自転車通勤が合理的な方法と言えるのかという疑問が残ります。通勤手段というよりも健康増進が主目的であって、合理的
な通勤方法とは言えないという議論も出てくるのではないかと思います。こうした「自転車ツーキニスト」は最近になって増加していますので、通達などはまだ出されていませんが、社会通念という点から見てあまりに遠距離からの自転車通勤の場合には労災給付において課題が出てくる可能性があることは認識しておくべきでしょう。
宮田部長:
 そうですね。分かりました。


>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。通勤災害と認められるための「合理的な方法」についていくつか補足しておきましょう。「合理的な方法」は実際に従業員が利用している方法に限られるものではありません。そのため、地下鉄通勤を行っていた従業員が会社への報告なしに自転車通勤をしており通勤災害にあった場合についても、自転車通勤していた経路が一般的に考えて皆が通りうる経路であれば、通勤災害として認められることになります。ただし、公共交通機関を利用した場合の通勤と比べ、著しく時間がかかってしまうような場合などは、万が一事故が起こった場合に「合理的な方法」と認められず、通勤災害として認められない場合もあるようですので注意が必要です。また、最近は認知が進んでいますが、飲酒をした上での自転車の運転は行ってはなりません。泥酔して自転車を運転するような場合には、いくら経路が合理的であっても、方法が合理的ではないとされ通勤災害と認められません。そもそも自転車は車両(軽車両)ですので、道路交通法違反として5年以下の懲役又は100万円以下の罰金となります。


 [参考条文]
労働者災害補償保険法 第7条
 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
1.労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
2.労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
3.2次健康診断等給付
2 前項第2号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
1.住居と就業の場所との間の往復
2.厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
3.第1号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
3 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第1項第2号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。


労働者災害補償保険法施行規則 第8条(日常生活上必要な行為)
 法第七条第三項 の厚生労働省令で定める行為は、次のとおりとする。
一 日用品の購入その他これに準ずる行為
二 職業訓練、学校教育法第一条 に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であつて職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
三 選挙権の行使その他これに準ずる行為
四 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
五 要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る。)



関連blog記事
2010年9月20日「自転車通勤を許可する際の注意点について教えてください」
https://roumu.com/archives/65408452.html
2010年4月21日「日経ビジネスアソシエ 5月4日号「急増する自転車ツーキニスト」」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51725337.html
2009年9月12日「ビジネスガイド2009年10月号「従業員の「自転車通勤」をめぐる問題点と社内規程・書式の作成例」」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51618062.html
2009年6月3日「[ワンポイント講座]社員の自転車通勤を許可する場合の留意点」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51563904.html


参考リンク
警察庁「交通事故の発生状況について」
http://www.npa.go.jp/toukei/koutuu48/toukei.htm


(中島敏雄)


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