東日本大震災に伴う未払賃金の立替払制度について教えてください

 先週大熊社労士から東日本大震災に伴う雇用保険の特例措置について紹介された宮田部長は、雇用保険の被保険者以外の労働者にとってのセーフティネットはないのだろうかと、大熊社労士に確認していた。


宮田部長宮田部長:
 東日本大震災から1ヶ月が経過しましたが、事業所が直接的な震災被害を免れたものの仕事がなく、事業の継続を断念せざるを得ない企業もあるようですね。
大熊社労士:
 そうですね。まだまだ自動車産業などは完全操業の目処が立っていない状況のようですし、被災地以外でも自粛ムードの煽りを受けて、大幅に売上を減らしているような企業も少なくないようですね。
宮田部長:
 このまま経済が通常の状態に戻らないようだと、直接的な震災被害がなかったとしても、企業が倒産してしまうケースもでてきてしまいますね。前回は雇用保険の特例措置についてお聞きしましたが、この制度以外に被災した労働者向けのセーフティネットとなるような制度はないのでしょうか?
大熊社労士:
 そうですね、一つありますよ。宮田部長は未払賃金の立替払制度というものをご存知ですか?
宮田部長:
 いいえ、初めて聞きました。どのような制度なのですか?
大熊社労士:
 この制度は企業が倒産した際、賃金が支払われないまま退職した労働者に対して、未払賃金を独立行政法人労働者健康福祉機構(以下「機構」という)が事業主に代わって支払う制度です。
宮田部長:
 それは知りませんでした。それはどのような労働者でも賃金を払ってもらえるものなのですか?
大熊社労士:
 労災保険の適用事業場で1年以上に亘って事業活動を行ってきた企業に労働者として雇用されており、未払賃金が2万円以上ある方であれば、この制度を利用することができます。ちなみに労働者ですので役員は対象とはなりません。
宮田部長:
 なるほど。労災保険の適用事業場というと、事業主が労災保険の保険関係を成立させてなかったり、保険料を納付していなかった場合には立替払いを受けることはできないということですか?
大熊社労士大熊社労士:
 いえいえ、法律上強制的に労災保険が適用される事業、つまり労働者を一人以上使用する事業の労働者であれば、立替払いを受けることができます。労災保険の保険関係の成立の有無、保険料納付の有無は問われません。
宮田部長:
 なるほど、それで未払賃金全額を立替払いしてもらうことができるのですか?
大熊社労士:
 いいえ、立替払いされる金額は「未払賃金の総額」の100分の80の額とされています。更に退職日の年齢毎に限度額が設けられていますので、その労働者の実際の未払賃金額と年齢毎の限度額を比較して、そのいずれか低い額に0.8をかけた額が立替払いの上限額となります。以下の表をご覧ください。
立替払い
宮田部長:
 ええっと、例えば退職時の年齢が50歳で、未払賃金が500万円あった場合はどうなるのでしょうか?
大熊社労士:
 この場合は45歳以上の区分になりますので、未払賃金の総額の限度額である370万円に0.8をかけた296万円が支給されることになります。ちなみに未払賃金総額には「定期賃金」と「退職手当」で未払いとなっているものが該当します。「定期賃金」とは、毎月一定期日に決まって支払われる基本給、家族手当、通勤手当、役付手当、住宅手当、時間外手当などのことをいいます。未払賃金には、賞与など臨時の賃金は含まれないことには注意が必要です。
宮田部長:
 なるほど。例えば1年以上賃金の支払いが滞っていた場合は、退職までのすべての賃金が立替払いされるのですか?
大熊社労士:
 いえいえ、この立替払いの対象となる未払賃金は、退職日の6ヶ月前の日から、機構に対する立替払い請求の日の前日までに支払い期日が到来している賃金となります。
宮田部長:
 なるほど、それでは立替払いの請求手続きはどのようにするのでしょうか?
大熊社労士:
 はい、まず最初にご説明しておきますが、この制度上は「倒産」という言葉を二つに区分しています。それは「破産等」の場合と「事実上の倒産」の場合です。今回は震災の影響で「事実上の倒産」というケースが多いかと思いますのでこちらについて解説しましょう。事実上の倒産の場合には、退職日の翌日から起算して6ヶ月以内に労働基準監督署長の認定を受けなければなりません。
宮田部長:
 もし6ヶ月を経過してしまった場合はどうなるのですか?
大熊社労士:
 もし6ヶ月を経過してしまった場合には、未払賃金があっても立替払いを受けられなくなってしまいます。この認定申請については、労働者の方から行っていただく必要があることにも注意が必要です。
宮田部長:
 労働者が行うというと、その企業の労働者が
それぞれ行わなければならないのですか?
大熊社労士:
 いえ、事実上の倒産の認定の申請は、一人の退職労働者が行えばよいとされています。事実上の倒産の認定がなされた場合にはその企業のすべての退職労働者に効力が及ぶこととなります。
宮田部長:
 なるほど、その後は労働者ごとに未払賃金額の確認をしてもらい支払いを受けるということですね。
大熊社労士:
 そういうことです。なお、未払賃金の請求ができる期間は、労働基準監督署長による認定日の翌日から2年以内となっていますのでご注意ください。

>>>to be continued

[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス 
こんにちは、大熊です。機構が立替払いを行った場合の労働者の賃金請求権についても解説しておきましょう。機構が立替払いを行ったときは、立替払い金に相当する金額について、立替払いを受けた労働者の承諾を得て、賃金請求権を代位取得することになります。そして機構が代位取得した賃金請求権については、倒産の種類によって次の通り行使されます。
法律上の倒産の場合
(1)破産・会社更生の場合
①破産管財人又は管財人に対する賃金債権の代位取得通知
②裁判所に対して、債権の届出又は名義変更届出を送付し裁判手続に参加
(2)民事再生・特別清算の場合
①再生債務者又は清算人に対する賃金債権の代位取得通知及び弁済請求
②債務承認書及び弁済計画書の提出依頼
事実上の倒産の場合
①事業主に対して、立替払の代位取得を通知
②債務承認書及び弁済計画書の提出依頼

 あくまでも労働者を保護するための立替払いであるため、企業の債務が消えるわけではないことは認識しておく必要があります。


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2011年4月7日「雇用調整助成金申請において書類添付が困難な場合の弾力措置[引用・転載歓迎]」
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2011年4月6日「東日本大震災に伴う未払い賃金の立替払についてのQ&Aが公開[引用・転載歓迎]」
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2011年4月1日「東日本大震災に伴う雇用保険の特例措置に関するQ&Aが公開[引用・転載歓迎]」
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http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51831661.html2011年4月1日「東日本大震災に伴う労働基準法Q&A 第2版が公開[引用・転載歓迎]」

参考リンク
厚生労働省「東日本大震災に伴う未払い賃金の立替払についてのQ&A」の送付について(事務連絡 平成23年4月5日)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000017zyd-img/2r98520000018001.pdf
厚生労働省「未払賃金立替払制度の概要」
http://www2.mhlw.go.jp/topics/seido/kijunkyoku/tatekae/index.htm
facebook:東日本大震災関連の人事労務情報共有ページ
http://www.facebook.com/tohokuroumu

(中島敏雄)

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