36協定の特別条項の回数管理は従業員個人単位でよいのですか?

 服部印刷は年度末の繁忙期を迎え、従業員の残業時間が長くなっていた。


宮田部長:
 大熊先生、こんにちは。今日は風も強くて、寒いですね。
大熊社労士大熊社労士:
 そうですね。もうすぐ3月ですから、この寒さを超えれば春の訪れが感じられるようになるかも知れませんね。御社は毎年年度末が繁忙期だったかと思いますが、今年はいかがですか?
宮田部長:
 はい、お陰様で例年通り多くの仕事が入っており、忙しくしております。もっとも受注単価は少し下がっている一方で、原料が上がっているものですから、忙しい割には利益がもう一つで困っているところです。
大熊社労士:
 そうでしたか。
宮田部長:
 そしてもう一つ困っているのが残業の問題です。繁忙期に合わせて従業員数を確保している訳ではないので、この時期はどうしても製造部を中心に残業が多くなってしまうのです。その結果、残業が36協定で定めている1ヶ月の労働時間の延長時間である45時間に収まらないのです。
大熊社労士:
 なるほど。でも、御社の36協定では繁忙期にその時間を延長できるように特別条項が定められていましたよね?
宮田部長:
 はい。念のため、実際の36協定を確認しましょうか。えーっと、ありました、ありました。読んでみましょうか。
「一定期間における延長時間は、1か月45時間とする。ただし、通常の生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したときや決算などにより短期間に業務が集中した場合には、労使の協議を経て、6回を限度として、1か月70時間までこれを延長することができる。なお、延長時間が1か月45時間を超えた場合の割増賃金率は25%とする」。こんな感じですね。
大熊社労士:
 ありがとうございます。文字通りこの時期がこの「通常の生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したとき」ですよね?労使協議を経て、月間70時間まで延長されれば良いのではないでしょうか?
宮田部長宮田部長:
 はい、それはそうなんですが、いま心配しているのは年間に6回を限度とするという部分なのです。当社の36協定の期間は4月1日から翌年3月31日までの1年間なのですが、部門によって繁忙期がずれているので、全社で見るとこれまでに既に6回の延長を行っているのです。具体的には営業部門では昨年4月~6月まで、経理は12月と1月、そして今月(2月)は採用活動が忙しくなったことから総務で延長を行っています。となると既に6回となっているのです。となると3月に延長を行おうとすると7回目になってしまうのです。これって36協定違反になりますよね?
大熊社労士:
 なるほど、そういうことですか。結論としてはたぶん大丈夫だと思いますよ。これまで全社で6回の延長を行っていらっしゃるということですが、いずれも部門による繁忙期がずれているということであって、個々の従業員で見れば、6回を超えている方はいらっしゃらないですよね?
宮田部長:
 はい、それは大丈夫です。45時間を超えた回数が多い者でも3回だったと思います。
大熊社労士:
 そうですか、であれば問題ないですよ。というのも、この回数の管理は全社ではなく、従業員単位で行うものだからです。
宮田部長:
 そうなんですか?
大熊社労士:
 はい、根拠を見ておきましょうか。特別条項の具体的な取り扱いについては通達(労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準の一部を改正する告示の適用について 平成15年10月22日基発第1022003号)が発出されており、その中でこの回数については「特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること」と定められており、従業員単位で管理することが明示されているのです。
宮田部長:
 なるほど。あー、良かった。ということは3月、製造部の社員について、特別条項に基づき上限時間を延長しても問題ないということですね。
大熊社労士:
 そのとおりです。もちろん長時間労働は健康障害の原因になりますので、できるだけ効率的な仕事の進め方を指示し、また従業員のみなさんの健康状態にはいつも以上に注意を払うようにしてくださいね。
宮田部長:
 分かりました。ありがとうございました。

>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]

大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。本日は特別条項付き36協定の運用について取り上げました。そもそも36協定を締結する際には限度時間以内でその延長する時間を定めなければなりませんが、この限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない「特別の事情」が生じた場合に限り、限度時間を超える一定の時間(特別延長時間)まで労働時間を延長することができる旨を協定で定めることができます。これを特別条項付きの36協定と言います。この協定は、あくまで時間外労働に関する例外的な取扱いですから、以下の要件を満たさなければなりません。
「特別の事情」は、臨時的なものに限られること
特別延長時間まで労働時間を延長できる回数を協定すること
一定期間
の途中で「特別の事情」が生じ、原則としての延長時間を延長する場合に労使が採る手続を協議、通告、その他具体的に協定すること

 今回の問題はこのうち、に関するものだった訳ですが、特別延長時間まで労働時間を延長できる回数は、特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないようにしなければならないとされています。よって今回のように部門は職種によって繁忙期がずれるような場合は、全社で見ると年6回を超えていたとしても個々の従業員でこれを超えていなければ問題ないということになります。意外に曖昧なまま実務を行っていることが多い事項と思いましたので取り上げてみました。

[関連通達]
労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準の一部を改正する告示の適用について(平成15年10月22日基発第1022003号)
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/160113-d.pdf
3 改正の内容(抜粋)
(2)「特別の事情」は「臨時的なもの」に限ることを徹底する趣旨から、特別条項付き協定には、1日を超え3箇月以内の一定期間について、原則となる延長時間を超え、特別延長時間まで労働時間を延長することができる回数を協定するものと取り扱うこととし、当該回数については、特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること。


関連blog記事
2010年7月1日「時間外労働の限度に関する基準」
http://blog.livedoor.jp/leafletbank/archives/50887957.html
2010年3月4日「時間外労働・休日労働に関する協定届(様式第9号)【記載要領】」
http://blog.livedoor.jp/leafletbank/archives/50757657.html
2010年2月22日「「時間外労働の限度に関する基準」改正労働基準法対応版(平成22年4月1日施行)リーフレット」
http://blog.livedoor.jp/leafletbank/archives/50698052.html

(大津章敬)

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