社有車で事故を起こした社員に修理代を弁償させることはできますか?

 宮田部長は最近、業務中の自動車事故が多いことに頭を悩ませていた。


宮田部長:
 大熊先生、こんにちは。
大熊社労士:
 こんにちは。あれ、その保険の請求書は何ですか?自動車事故でもあったのですか?
宮田部長宮田部長:
 そうなんですよ。最近、営業車での事故が多くて頭を悩ませているところです。幸いにも重大な事故ではなく、コツンとぶつけたというようなものではあるのですが、事故は事故ですからね。
大熊社労士:
 そうですね。それでなにか対策を取っていらっしゃいますか?
宮田部長:
 はい、先日も警察の方に来て頂いて、安全運転教育を行ったのですがそれだけでは不十分な気がしています。そこで事故を起こした社員から修理代の一部を徴収しようかと思っているのですがいかがでしょうか?
大熊社労士:
 なるほど、法的にはいろいろ制約はありますが、事故を起こしたときに少しペナルティがあり、より反省をさせるという意味のものであればよいと思いますよ。
宮田部長:
 そうですか。それでその制約というのはどのようなものなのでしょうか?
大熊社労士:
 労働基準法においては、従業員との間に「事故を起こしたら10万円を請求する」といったように、損害賠償の金額を予定して契約することは禁止されています。
宮田部長:
 そうなんですか。私としてはそのようなイメージだったのですが…。
大熊社労士:
 そうでしたか。このように損害賠償の金額をあらかじめ決めておくことはできないのですが、実際に生じた損害額を請求することは禁止されていないため、事故を繰り返すなど、従業員側にも過失があった場合は、実際の損害額について請求することは可能です。
宮田部長:
 全額を請求してもよいものなのですか?
大熊社労士大熊社労士:
 いいえ、過去の裁判例を見ると、労働過程上の軽過失に基づく事故については、労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当であるとしたものがあります(大隈鉄工所事件 名古屋地裁昭和62年7月27日判決)。また、相当な過失がある場合であっても、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度において請求することができるとしています(茨城石炭商事事件 最高裁判例昭和51年7月8日)。実際にこの事案では、従業員に対して、全体の損害額の4分の1を限度として請求することが認められました。
宮田部長:
 なるほど。
大熊社労士:
 企業は従業員の業務の執行を通じて事業を行い、利益を上げているということもあり、原則として従業員に対して実際の損害額を請求することは難しく、仮に従業員に過失が認められた場合であっても、損害賠償の請求額は、一定の限度に制限されると考えることが相当です。
宮田部長:
 よく分かりました。業務上の事故ですからその責任をすべて社員に押し付けるようなことはしたくありませんが、まったく痛みがないのも安全運転の徹底という点から良くないような気もします。これは社長にもお考えがあると思いますので、一度社内で検討してみますね。
大熊社労士:
 了解しました。実際の制度化の際にはまたご相談いただければと思います。

>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]

大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。今回は社有車における事故発生時の社員への損害賠償というテーマについて取り上げてみました。以下では文中で紹介した2つの裁判例についてその概要を追記します。
大隈鉄工所事件(名古屋地裁昭和62年7月27日判決)
 Xにおいて,これまで従業員が事故を発生させた場合,過失に基づく事故について損害賠償を請求し,あるいは求償権を行使した事例もないこと,さらにはYのX会社内における地位,収入,損害賠償の負担能力等の諸事情を総合考慮すると,XはYの労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして,損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である。

茨城石炭商事事件(最高裁判例昭和51年7月8日判決)
 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」として、4分の1を限度として求償を認めるもの。

[関連法規]
労働基準法 第16条(賠償予定の禁止)
 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

(大津章敬)

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