副業者をアルバイトとして雇用しようと思っているのですが
服部印刷では、年明けに突発の大きな仕事が決定し、その対応に追われていた。
宮田部長:
大熊先生、おはようございます!いよいよ今年も最終週ですね。先生の事務所の業務は何日までですか?
大熊社労士:
おはようございます。当社は業務は28日までで、29日は大掃除の予定をしています。
宮田部長:
そうなんですね。当社とまったく同じでした。それにしても今年の年末はいろいろな手配が大変で困っています。
大熊社労士:
あら、そうなのですね?なにかあったのですか?
宮田部長:
はい、本当にありがたい話なのですが、年明けに大きな仕事が急遽決まりまして、その準備に追われているのです。特に問題なのがアルバイトの採用で、いくら募集をしてもなかなか人が集まらず、大苦戦しています。
大熊社労士:
やはり、そうですか。現在の人手不足は本当に深刻ですからね。どこの企業でも同じような人手不足の話が出てきますよ。それで目途は立ちそうですか?
宮田部長:
できれば5人ほどアルバイトを確保したいのですが、いま決まっているのは3名ですので、あと2名を何とかしなくてはなりません。実は昨日、1名応募があったのですが、この人の雇用について今日は相談したいと思っていました。
大熊社労士:
なにか、特別な方なのですか?
宮田部長:
そうなんです。福島さん、状況を説明してもらえますか?
福島さん:
はい。この方なのですが、最近話題の副業なのです。平日は製造業A社でフルタイムの正社員として勤務されている方なのですが、お子さんの進学費用と稼ぎたいということで、当社でのアルバイトにご応募いただいたようなのです。宮田から先ほどお伝えしたように、今回の求人は本当に苦戦していますので、当社としては土曜日だけでも来てもらえれば本当に助かるのですが、なにか問題がないだろうかという話になっているのです。
大熊社労士:
なるほど。働き方改革の中で「副業兼業の解禁」というテーマがあり、それが結構話題になったことから、最近、副業をしようとする方が増えているように感じます。それにどの企業でも、労働時間の削減が進められていて、残業代が減ってしまって生活が苦しいという話もよく聞きますしね。
福島さん:
そうなんです。まさにそのパターンのようでして。確か労働時間管理で注意が必要だったと記憶していたのですが、どうだったでしょうか?
大熊社労士:
はい、よく気づいていただいたと思います。その通りで、今回のケースでは特に労働時間が問題になりそうです。宮田部長、ちなみにこの方の時給はいくらを想定されていますか?
宮田部長:
1,000円の予定です。
大熊社労士:
なるほど。ということはこの方には1,250円の時給を支給する必要があります。
宮田部長:
え?どうしてですか?この人には残業をさせる予定はありませんよ。午前9時から午後6時までの8時間勤務の予定です。
大熊社労士:
はい、それでもそうなるのが労働基準法の定めなのです。この方は現在、正社員としてA社で1日8時間・週40時間のフルタイム勤務をされています。その上で今回御社と契約し、土曜日に8時間のアルバイトをしようとされています。労働基準法における法定労働時間は1日8時間・週40時間とされており、その時間を超えて働いた場合には割増賃金の支払いが必要となります。
宮田部長:
それは理解しています。でもこの人は当社で8時間しか働かないので、割増賃金は不要なのではないですか?
大熊社労士:
そこが今回のポイントです。労働基準法38条では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。つまり、A社で40時間
勤務した上で御社で8時間勤務するということは、その時間が通算され週48時間勤務しているという取り扱いになり、割増賃金が必要となるのです。更にその割増賃金の支払いが求められるのは、原則として、後から労働契約を締結した使用者、つまり御社になるのです。だから1,250円の時給を支給する必要があります。
宮田部長:
そんなルールがあるのですね!まったく考えていませんでした。
大熊社労士:
そうなのです。この通算規定が副業兼業が進まない理由の一つとされています。少し前に厚生労働省から公表された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」でも以下のような規定が見られます。「特に、労働者が、自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合には、労働時間に関する規定の適用について通算するとされていることに留意する必要がある。また、労働時間や健康の状態を把握するためにも、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させることが望ましい。」
福島さん:
あ、いまお話をお聞きして思ったのですが、労働時間の把握って実務上、本当に難しいですよね。例えば、今回の方は通常は1日8時間・週40時間勤務ですから、当社でのアルバイトは常に法定労働時間を超えることになります。でも例えば祝日でお休みがある週、具体的に言えば来年1月14日(月)は成人の日で祝日になりますが、もしこの日がお休みだったとすると、当社で土曜日に勤務してもらったとしても週40時間に収まるので、割増賃金は不要。つまり1,000円の支払いで足りるということですよね?
大熊社労士:
はい、そういうことになります。更に言えば、A社の所定労働時間が7時間30分など8時間未満だとすると、話はもっとややこしくなります。つまり、適正に割増賃金を支給しようとすると、ほぼリアルタイムで他社での労働時間を把握し、割増賃金の計算を行わなければならないということになります。
服部社長:
なるほど、これまでずっと話を聞いていましたが、これは実務としては極めて煩雑ですし、現実にそんなことができるのだろうかとさえ、思います。またこれまでは割増賃金の問題を議論してきましたが、そもそもの労働時間管理や過重労働防止という話もありますよね?
大熊社労士:
そうですね。今回の方はA社でほぼ残業はないようですから問題は少ないですが、もしA社で毎日2~3時間の残業を行っていたなんていうケースですと、過重労働による安全配慮義務違反などという論点も出てくるでしょう。また御社で土日とも雇用するとなると、法定休日の問題もあります。
服部社長:
そのように考えると、人手がいないからといって安易にこういった方を雇用するのはリスクがあるということにもなりそうですね。
大熊社労士:
そうですね。そこで厚生労働省でも「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」という検討会を現在実施しており、事業主を異にする場合の労働時間制度の在り方について議論の整理を行っているところです。ちょうど今週の木曜日にも第4回の検討会が開催され、海外視察の結果報告がなされると聞いています。
服部社長:
なるほど。宮田部長、年明けの人員の件は頭が痛いが、この方については慎重に考えざるを得ないように思うよ。
宮田部長:
そうですね。大熊先生と相談しながら対応を決定したいと思います。大熊先生、よろしくお願いします。
大熊社労士:
わかりました。この問題に関してはその検討会で配布された「副業・兼業における現行の労働時間管理、健康管理について」という資料が参考になりますので、後程メールで多く知りておきますね。
宮田部長:
ありがとうございます!
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
こんにちは、大熊です。今回は話題の副業兼業における労働時間管理の問題を取り上げました。今回はフルタイムで勤務した後のアルバイトという比較的分かりやすい事例を取り上げましたが、例えばA社(先に契約)で4時間、B社(後に契約)でも4時間の雇用契約を結んでいる者が、A社で1時間の残業を行った場合には、後から契約したB社に割増賃金の支払義務があるのではなく、8時間を超えて働かせることとなったA社で割増賃金を支給しなければならないといった変化球もあります。昨今の副業兼業解禁という話以前に、そうした複数就業者(マルチジョブホルダー)の問題は既に発生しているのですが、適切な労働時間管理はできていないというのが実情です。この通算規定の問題は実務上、非常に大きく、副業兼業を推進しようとする国の方針の阻害要因となっていることから、現在、検討会でその見直しが議論されています。その議論の末に、通算ルールの見直しがされる可能性もありますが、それまではこうした問題があることを認識し、できる限り、
適正な管理・支払いを行っていきたいものです。
[関係法令]
労働基準法38条
労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。
昭和23年5月14日 基発第769号(局長通達)
「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む。
関連blog記事
2018年11月19日「副業・兼業解禁という方向でモデル就業規則が改定されたのですね」
https://roumu.com/archives/65804243.html
2017年10月2日「今後、副業・兼業が当たり前になる時代に向かっていきます」
https://roumu.com/archives/65785914.html
参考リンク
厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf
厚生労働省「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/AA10K-0000178546_00001.html
(大津章敬)
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