賃金請求権時効の3年への延長問題において行われている議論の論点

 先日(2019年10月20日)、日本経済新聞に「未払い賃金請求期間、まず3年に延長へ 厚労省」という記事が掲載されました。2020年4月の民法改正により時効が原則的に5年に統一されることに関連して、賃金請求権の時効を定めた労働基準法115条の改正議論が続けられていましたが、現行の2年を3年に延長するという方向性で検討に入ったという内容だったわけですが、本日はその検討資料を確認したいと思います。

 今回の報道のベースになっているのは、10月18日に厚生労働省で開催された第155回労働政策審議会労働条件分科会での議論になりますが、そこでは以下の論点について議論が行われています。
(1)検討の前提
【検討会報告で提示された論点】
民法とその特別法である労働基準法の関係について、下記を踏まえてどのように考えるか。
・労基法の消滅時効規定が労使関係における早期の法的安定性の役割を果たしていることや、大量かつ長期に発生するといった賃金請求権の特殊性に鑑みて合理性があれば、民法よりも短い消滅時効期間を定める(※)ことも可能との考え方がある一方、
(※)現行でも、退職手当や災害補償の請求権等については、労働基準法において民法よりも短い消滅時効期間を定めている。
・労働者保護を旨とする労働基準法で、民法よりも短い消滅時効期間を定めるのは問題であるとの考え方もある。

(2)賃金等請求権の消滅時効の起算点について
【検討会報告で提示された論点】
・労働基準法第 15 条等において、使用者による労働者への賃金支払日の明示が義務付けられていることを踏まえ、現行の客観的起算点であることを明確化することについてどのように考えるか。
・主観的起算点については、それを設定する必要性(名ばかり管理職や固定残業制の問題など)と、仮に設定した場合にどの時点が主観的起算点に該当するかといった新たな労使間の紛争が生じるリスクをどのように考えるか。

(3)賃金請求権の消滅時効期間について
【検討会報告で提示された論点】
・現行の消滅時効期間である2年間について、将来にわたって維持する合理性が乏しいとした場合、具体的な消滅時効期間はどの程度とすることが考えるか。
・退職手当の請求権の消滅時効期間については、昭和62年の労働基準法改正の経緯も踏まえつ
つ、見直しの必要性についてどのように考えるか。

(4)賃金請求権以外の消滅時効について
【検討会報告で提示された論点】
・年次有給休暇の請求権について、仮に消滅時効期間を延ばす場合、制度趣旨や取得率の向上という政策の方向性に逆行するおそれがあるが、どのように考えるか。
・災害補償請求権について、現行でも民法の消滅時効期間(10年)より短い2年間の消滅時効期間としているが、改正民法では契約に基づく債権の消滅時効期間は原則5年とされたこととの関係をどのように考えるか。その際、災害補償請求権(使用者の無過失責任)と調整規定が設けられている民法の損倍賠償請求権(使用者の故意過失が要件。不法行為によるものであれば消滅時効期間は3年)との関係もどのように考えるか。

(5)記録の保存について
【検討会報告で提示された論点】
・仮に賃金請求権の消滅時効期間と合わせて記録の保存年限を延ばした場合、企業における負担やコストはどの程度増加すると考えられるのか。特に当該記録を紙媒体で保存している中小企業などについてはどのような対処が必要となるか。

(6)付加金の支払について
【検討会報告で提示された論点】
・付加金の制度趣旨である、割増賃金の未払い等に対する制裁として支払を確保することや、私人の権利行使の促進により私人による訴訟のもつ抑止力を強化することを踏まえ、その請求期間についてどのように考えるか(賃金請求権の消滅時効期間と合わせる必要があるか)。

(7)見直しの時期、施行期日等について
【検討会報告で提示された論点】
・改正民法が2020年4月に施行される一方、働き方改革関係法が順次施行されており、企業の労務管理の負担は増大している状況の中で、仮に賃金等請求権の消滅時効期間を見直すとした場合に、施行期日についてどう考えるか。
・仮に賃金等請求権の消滅時効期間を見直すとした場合、改正後の新たな消滅時効期間については、どのような賃金請求権(①改正法の施行後に発生したものか②改正法の施行後に労働契約を締結した者に係るものか)から適用させることとするか(いわゆる経過措置)。

 この問題に関しては単に2年か5年かという話ではなく、このように非常に多くの技術的論点が存在することからその調整に時間がかかっているのでしょう。今回の報道では、労働政策審議会で2019年度中にも結論をまとめ、早期に労働基準法改正案を国会に提出したい考えとされていますので、早ければ2021年4月の法改正もあり得るでしょう。不払い残業代請求の機運が高まるのは間違いありませんで、改めて労働時間管理を徹底し、不払いが発生しないような体制の構築を進めましょう

[参考条文]
労働基準法115条
 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する。


参考リンク
厚生労働省「第155回労働政策審議会労働条件分科会(資料)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07413.html

(大津章敬)