労働政策の大転換を予想させる労政審労働政策基本部会報告書の概要

 2023年4月13日の記事「労働移動促進による経済成長を目指す内閣官房「三位一体労働市場改革の論点案」」でもお伝えしましたが、我が国の労働政策が大転換期を迎えようとしています。今後の労働政策の方向性を示した報告書が、労働政策審議会労働政策基本部会より示されました。

 以下、その概要を転載します。


働き方の現状と課題について
(1)人材育成・リスキリング
(企業が成長していくためには人材投資・人材育成が重要)

  • 企業や国全体の経済成長を考えると、人材投資が重要。人材育成に積極的な企業への転職が加速する可能性。
  • 一人ひとりのキャリア志向を大切にしつつ、個人の能力や個性を丁寧に把握する「高解像度な人事評価・育成」が重要。
  • 職業人生も長期になることから、中高年のリスキリングを含めた能力開発も重要。

(企業は変化に対応するため必要となるスキルを考え、労働者は変化を前向きに捉えることが重要)

  • 企業は、経営戦略として、社会経済の変化に対応する必要性や、企業としてどう変わりたいのか、そのためにはどういった能力や技術が必要で、何を学ぶべきなのかといった具体像を労働者に説明することが必要。
  • 新しいスキル取得による能力の向上や新しいことへの挑戦を適正に評価・処遇することが、社員のリスキリングにつながる。
  • リスキリングは、なぜ学ぶのか、学んだ上で自分がどんな仕事ができるようになるかといった目的意識が重要。

(2)人事制度について
(ジョブ型人事の動き)

  • ジョブ型雇用は、狭い意味では職務が雇用契約に明記・限定される(それに応じて労働時間も自ずと限定される雇用形態であり、徹底した分業の中での限定的な職務範囲の中での雇用管理として、欧米ではブルーカラーを中心に使われていたが、近年、日本においては、ホワイトカラーを中心とした職務と処遇の明確化といった観点からの導入の動きがある。ジョブローテーションによる若手の育成が行いにくくなることなどの留意点もあることから、多様な人材の力の発揮と人材の育成を阻害することがないよう、企業内での労使での対話が特に重要。
  • ジョブ型人事の導入には、①ポストに見合った人材を広く社内外から求める、②キャリアアップに伴う再教育支援の仕組み、③労働者一人ひとりのキャリア志向に対応する、④職務以外の情報共有や組織貢献意欲を促す仕組み等の配慮も必要。

(大企業は、「メンバーシップ型人事」と「ジョブ型人事」の間で、バリエーションのある人事制度を導入)

  • 人事制度に関する企業ヒアリングを数社行った中では、ジョブ型人事制度を導入している企業であっても、採用や人事異動・配置については、いわゆる欧米のジョブ型雇用とは違い、①新卒採用の際には職務遂行能力ではなく潜在能力を重視し、採用後一定期間研修を行う、②本人の希望による公募制を行いつつも、最終的な人事異動の権限は会社に残るなど、いわゆる「メンバーシップ型人事」と「ジョブ型人事」の間でバリエーションのあるものが多い。各社において、経営戦略上もっともふさわしい人事制度への模索が続いていくものと考えられる。

(3)労働移動について
(転職を希望する労働者が、内部労働市場と外部労働市場を行き来できるシームレスな労働市場の整備が必要)

  • 労働移動は、より良い条件の仕事に就くことができるチャンスでもあるので、ポジティブにとらえていくことも必要。
  • 労働移動に中立的な人事制度設計の取り組みが必要。
  • 今後は、外部労働市場の機能(多様な教育訓練機会やマッチング機能などを活性化しながら、併せて内部労働市場を改革(社内公募・マッチング:本人の希望も考慮した人事異動)し、転職を希望する労働者が、内部労働市場と外部労働市場を行き来できるシームレスな労働市場を整備していくことが必要。

今後の労働政策の方向性について
(1)企業に求められる対応

  • リスキリングの必要性を明確にした上で、経営者、マネージャー、現場労働者の全てのレベルで、リスキリングを含めた能力開発に主体的に取り組んでいくための動機付け・環境整備が必要。
  • 中間管理職のマネジメント業務が大きく変化・増加(ワークライフバランスの確保、エンゲージメントの向上)。人事部で、管理職向けのマネジメント研修(1on1ミーティング)の実施やその見直し等、管理職の業務負担の軽減を図ることが重要。

(2)労働者に求められる対応

  • 多くの変化が短期間に起こる現状では、過剰に変化を恐れるのではなく、変化を前向きに捉えて対応していくことが求められる。
  • 長期雇用を前提とした企業では、企業が広い人事権を持って人事異動やOJT中心の人材育成を実施しており、企業との長期的な関係により、労働者が自律的にキャリア形成していくという意識が薄れる可能性もある。労働者自らが自律的にキャリア形成や学びを深めていくことが必要。

(3)労働政策において今後検討すべき対応

  • 多様な人材が能力を発揮できるよう、女性や高齢者などの働き方に中立的な税制・社会保障制度の構築や、雇用によらない働き方など様々な働き方の人を重層的なセーフティネットに組み入れていくことが課題。
  • 自発的に労働移動を行う労働者の転職の参考となるよう、①労働市場の見える化(職場情報・職業情報)、②異業種間でも業務の親和性がある仕事の事例の積極的周知広報、③ハローワークサービスのデジタル化による、オンラインサービスやキャリアコンサルティング機能の充実など在職者向け支援の強化、等の転職しやすい環境整備(労働市場の基盤整備)を進めていくべき。
  • 今は労働政策の大きな転換期にあり、従来の「安全・安心」を重視する対応に加え、「労働市場のセーフティネットを整備しつつ、労働者のスキルアップ・向上を目指す」ことを重視していくべき。

(4)社会全体に求められる対応(一人ひとりが自律的にキャリアについて考える)

  • 一人ひとりの労働者が自律的にキャリアについて考える方策を社会全体で危機感を持って検討していくことが必要。
  • リスキリングについての支援も、労働者一人ひとりが力強く成長できるよう、個人への直接支援が重要。今後の労働政策の方向性について

おわりに

  • 本報告の内容を踏まえ、労使において課題の共有がなされ、また、労働政策審議会の関係分科会や部会等においても、速やかに必要な施策が検討されることを求めたい。
  • 労働政策基本部会は、10年後、20年後の労働市場を見据え、議論を先取りしていく役割をも担っている部会であり、次期以降についてもこうした視点を忘れずに議論を続けていく。

 このように労働者の自発的なリスキリングと、成長分野への労働移動を大方針として、様々な政策が立案されることになりそうです。戦後、長く続いた我が国の労働慣行も急速に変化していくのでしょう。企業における人事の役割も大きなものになっていきそうです。


関連記事
2023年4月13日「労働移動促進による経済成長を目指す内閣官房「三位一体労働市場改革の論点案」」
https://roumu.com/archives/116467.html

参考リンク
厚生労働省「労働政策審議会労働政策基本部会 報告書 ~変化する時代の多様な働き方に向けて~(2023/4/26」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32734.html

(大津章敬)