深刻化する企業のメンタルヘルス問題

 4月も中旬を迎え、今春入社の新入社員も次第に社会人としての生活に慣れてくる時期になりました。しかし、その一方でもう数週間もすると現われてくるのが五月病です。これは医学用語ではないため、明確な定義はありませんが、一般的には「新環境に対する不適応状態」を指しており、メンタルヘルス不全の一部であるとされています。近年、多くの企業で五月病に限らず、うつ病を始めとしたメンタルヘルスの問題が頻発しています。特にこの時期は昇進や昇格によって受ける重圧や4月の異動に伴う人間関係の変化による戸惑いなどにより、メンタルヘルス不全者が現われやすい時期になりますので、本日は企業のメンタルヘルス対策の必要性とその方法について取り上げてみることとします。


[深刻化する企業のメンタルヘルス問題]
メンタルヘルス不全による休職 うつ病従業員の発生など、メンタルヘルス問題の相談をお受けする機会が年々増加してますが、統計を見てもこの問題が深刻化している状況は明らかです。左のグラフは財団法人労務行政研究所が2005年に実施したメンタルヘルス調査の結果の一部ですが、これによればメンタルヘルス不全により1ヶ月以上休職している従業員がいる企業は総平均で50.9%と約半数に達しており、また別の調査項目では、52.0%の企業でメンタルヘルス不全者が増加しているという回答がなされています。


 このように多くの企業でメンタルヘルスが大きな課題となっていますが、こうした状況は企業の業務活動に大きな影響を与えます。直接的にはメンタル不全者本人の休職や退職による労働機会の損失、そしてこれに伴う周囲のモラールダウンによる生産性の低下といったといったマイナスの影響が現れますが、実際にはそれだけに止まりません。事業主には従業員に対して、健康かつ安全に働く環境を用意しなければならないという安全配慮義務が課せられています。よって過重労働などによりうつ病が発症した場合などは、その安全配慮義務違反が問われ、場合によっては巨額の損害賠償請求が命じられることにもなりかねません。


[具体的対策]
 この問題に対し、企業として取るべき対応は様々ですが、ここでは予防・サポート面と人事労務管理面の二つに分けて考えてみましょう。
□予防・サポート面
従業員自身のケア
 うつ病の予防にはストレスが蓄積しないように十分な休息や睡眠を取ることが効果的です。また過剰な精神的負担や業務を抱え込まないように、注意することも必要です。よって企業としてはこうしたメンタルヘルスケアの基本研修の実施や、中央労働災害防止協会が作成している「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」などを活用し、早めの問題発見を行うことが重要です。
職業生活におけるストレス等の原因管理職によるケア
 右のグラフは厚生労働省の「平成14年労働者健康状況調査の概況」からのものですが、これを見ると職業生活におけるストレス等の原因は、「職場の人間関係」や「仕事の量と質」が高い値を示しています。こうしたストレスの原因を適切な状態にコントロールすることが求められていますが、それ以前に、普段直接従業員と接している管理職においては社員の異変にいち早く気付くことが重要です。日頃から部下の言動や仕事振りに注意を払い、「元気がない」「遅刻や欠勤が目立つ」「ため息が多い」「仕事のミスが増えている」といった兆候を見逃さず、部下への問い掛けを初めとした適切な初期対応ができるようにしておくことが必要です。そのためには管理職に対し、この問題に関する基本的な知識を習得するような研修を実施することなどが求められています。


□人事労務管理面
 この問題については予防・サポートと同時に、人事労務管理面の事前対応を行うことが必要です。
労働時間管理
 先ほども述べたようにメンタルヘルス不全の大きな原因の一つとして過重労働があります。特に平成13年に厚生労働省がいわゆる「過労死認定基準」を改定して以来、過重労働を原因とした健康障害について企業の責任がより強く問われるようになっています。よって原則は月間45時間を超える時間外労働は行わせないような労働時間管理が求められています。特に月間80時間を超えるような時間外労働を行っている場合は、企業の安全配慮義務違反が厳しく問われる危険性が高まりますので、注意が必要です。


就業規則の見直し
 メンタルヘルス不全者が発生し、長期の療養が必要となる場合には休職を命ずることが一般的です。休職制度は就業規則においてその取扱いが定められていることが通常ですが、これまではメンタルヘルス不全による休職をあまり想定していなかったため、規定の内容が不十分である例が少なくありません。よって今後は、休職命令を発する場合の基準、復職の際の手続などについて、内容を吟味し、就業規則の見直しを行うことが必要不可欠です。


[メンタルヘルス対策は企業のリスク管理]
 以前は「うつ病はなまけ病」というように言われた時代もありましたが、この認識が次第に薄れてきている現在、企業においては具体的なメンタルヘルス対策が強く求められています。安定した労働力の確保が経営における最重要課題の一つと言われる中、メンタルヘルス不全の原因を個人の弱い心に求めるのではなく、企業としてそれを防止するような職場環境の構築が強く要請されています。労働者と企業の双方を守るためのメンタルヘルス対策は福利厚生的な意味合いと同時に、企業のリスク管理でもあり、労使共に意識を変えて取り組むべき問題となっています。



関連blog記事
2006年7月28日「年々深刻化する企業のメンタルヘルス問題」
https://roumu.com
/archives/50664577.html

2006年6月6日「過労死の労災認定件数は前年度に比べ12.2%の増加」
https://roumu.com
/archives/50589218.html

2006年5月22日「改正労働安全衛生法による長時間労働者の面接指導制度」
https://roumu.com
/archives/50569394.html


参考リンク
中央労働災害防止協会「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」
http://www.jisha.or.jp/web_ch/td_chk/index.html
中央労働災害防止協会「職業性ストレス簡易評価ホームページ」
http://www.jisha.or.jp/profile/2_3/stls/stls_main.htm
厚生労働省「平成14年労働者健康状況調査の概況」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/saigai/anzen/kenkou02/index.html
厚生労働省「脳・心臓疾患の認定基準の改正について」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/0112/h1212-1.html


(宮武貴美)


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