労働者への安全配慮義務はどの程度まで考える必要があるのですか?

 大熊社労士から労働契約法のレクチャーを受けている服部社長と宮田部長。今回は、労働者の安全への配慮について学ぶこととなった。



大熊社労士:
 労働契約法第1章 総則の最後、第5条は「労働者の安全への配慮」です。



第5条(労働者の安全への配慮)
 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。



服部社長:
 この条文は、大熊さんに以前教えてもらったことのある「安全配慮義務」といわれているものですね。
大熊社労士:
 はい、そのとおりです。実は安全配慮義務について多くの会社で、まだ十分に理解されていないのが現状なのです。
宮田部長宮田部長:
 わが社では安全対策として、機械工具や運搬機の取り扱いについて事故を起こさないよう、新人が入ったときはもちろん、定期的に教育訓練を行っています。また日頃も注意喚起を行って仕事を行っていますので、ここ最近労災事故を起こしていません。安全については自信があります。
大熊社労士:
 それは素晴らしいことです。引き続き徹底してください。ところで、労働安全に関する規制としては労働安全衛生法があることはご存知のとおりかと思います。この法律では目的として「職場における労働者の安全と健康の確保とともに、快適な職場環境の促進」をうたっており、労働者が業務に従事するにあたって安全で快適な作業環境や職場環境としていくよう求めていますが、労働契約法に規定されている安全配慮義務は、労働安全衛生法で想定しているものに加えて、より広い範囲を含んでいますので、ご承知おきください。
宮田部長:
 もう少し具体的に教えていただけますか?
大熊社労士:
 はい、労働契約法において参考としている主な判例で、安全配慮義務を考えるときの代表的な判例として挙げられる川義事件(最高裁三小判決、昭和59・4・10)をご紹介しましょう。これは宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事件で、会社に安全配慮義務の違反に基づく損害賠償責任があるとされました。どのようなことかというと、のぞき窓やインターホン、防犯チェーン等の盗賊防止のための物的措置、宿直員の増員などの措置さえ講じていれば使用者の責任が問われることはなかったと考えられています。
服部社長:
 判決の内容を聞く限りでは作業内容というよりも、宿直をさせる場合は防犯対策を会社としてとっておきなさいよと思えるのですが、違いますか?
大熊社労士大熊社労士:
 おっしゃるとおり、この判決で要は一般的な防犯対策を求めていることから考えても、労働者が作業する場所だけに限らず広い範囲での安全配慮を求めています。したがって、労働契約法が求めている安全配慮義務の範囲は、労働安全衛生法よりも広いと考えなければならないでしょう。
宮田部長:
 作業上の安全だけではなく労働者の健康にも配慮しなければならないのですよね?
大熊社労士:
 労働者の健康面に対する配慮義務が安全配慮義務に含まれるのかという点については、疑問に思われる方もおられますが、労働者が労働を提供するときに健康を害することがないよう配慮すべきことは当然のことです。労働安全衛生法においても健康診断の実施などを踏まえて、労働者が既にもっている基礎疾患、いわゆる持病等の内容や程度に応じて、個別具体的にその労働者の業務を軽減させるなど適切な措置を講ずることが求められていることからしても、健康面への配慮義務は会社に課せられていると考えるべきです。
服部社長服部社長:
 今年の初めには、うつ症状を示す社員への対応方法について相談に乗っていただきましたが、労働契約法でも、うつ病への対応も含まれていると考えた方がよいのでしょうね?
大熊社労士:
 はい、メンタル的な面への配慮も含まれていると考えた方がよいでしょう。労働者が過重な業務等により精神障害に罹患して自殺するに至った有名な電通事件(最高裁二小判決、平成13・3・24)の判決では、「使用者は業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」としています。昨今、うつ病にかかる人が増えてきており大きな問題となりつつありますが、身体的な面だけではなく、精神的、メンタル的な面についても配慮が必要です。


>>>to be continued


[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
大熊社労士のワンポイントアドバイス こんにちは、大熊です。今回は労働契約法の第5条(労働者の安全への配慮)について取り上げてみました。第5条に書かれていることは使用者が安全配慮義務を負うという一般的なルールを明文化したものですが、その具体的な内容については労働者の職種や内容、職場等の状況によって異なりますので、個別の事情によって適切な範囲で義務を果たすことになります。なお、就業規則や労働契約などで安全配慮義務を免除するような合意を行っても、それは無効とされます。したがって、労働契約関係に入った時点で自動的に会社は安全配慮義務の負担が発生することになります。次回も引き続き労働契約法について解説してまいります。


[関連法規]
労働安全衛生法 第1条(目的)
 この法律は、労働基準法(昭和22年法律第49号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。


労働安全衛生法 第66条の5(健康診断実施後の措置)
 事業者は、前条の規定による医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成4年法律第90号)第7条第1項に規定する労働時間等設定改善委員会をいう。以下同じ。)への報告その他の適切な措置を講じなければならない。



関連blog記事
2008年4月21日「労働契約の内容を労働者に十分理解させることが必要です」
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2008年4月14日「労働契約の5原則について説明しましょう」
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2008年03月12日「最近の労働法令改正から見る労務管理のトレンド」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51275190.html
2008年02月19日「厚労省よりダウンロードできる労働契約法のポイント資料」
http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51258163.html


参考リンク
厚生労働省「労働契約法がスタート!~平成20年3月1日施行」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/index.html
厚生労働省「労働契約法 参考となる裁判例」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/12.pdf


(鷹取敏昭)


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