「当たり前のこと」と就業規則
かつて多くの人が慎んでいたことをあたりかまわず行い、それを誰かが注意を与えるまでその問題行動に気づかない「善良だが無頓着な人々」が急増しているという。
キチンと注意を与えるとその行動はたいてい収まるのだそうだ。例えば、列車内で携帯オーディオを大音量で聞いている人は周囲の迷惑に無頓着だが、この人に注意すると、「すみません」と言って自重されることが多い。記事で注目したのはその後の記述である。それは「周囲がその人に対して注意をすることを主催者に要求している」という内容だ。それをしないとクレームになり、主催者は信用を失う。ゆえに主催者はその対処として、校則よろしく「○○はしないでくだざい」と大書したり、細かいことまでしつこくアナウンスするなど、一応の義務を果たしているというポーズをとらざるを得ない。ある劇場では、「上演中は菓子のビニール袋等でガサガサという音を立てないでください」というような、恥ずかしくなるような注意書きが大きく貼ってあるという。これが今の時代である。そして、全年代にこの「善良だが無頓着」の風潮が拡がっているように思う。
ひるがえって、これが会社の労務環境ではどうか。こういう時代になると、就業ルールや服務規律は暗黙の了解ということでは済まない。細かく規定し、しつこく告知し、問題行動に対しては使用者側が明確な注意を与えなければならないが、この規定を記したものが就業規則である。就業規則は労働基準法に基づいた労働者の権利だけを謳ったものだという見方があるが、これは誤解である。就業規則はいまや労働契約そのものであり、その契約内容は労使の権利義務もさることながら、実は従業員に要求する就業ルールや服務規律がメインテーマなのである。この規定がなく、更に使用者が何も注意を与えないと、善良な従業員でも「していてもいい」、「やらないでもいい」と捉えるのが普通だと考えるべきである。
例えば、「無断で遅刻してはならない」というルール。ある会社の従業員が悪意なくこれをやった。しかし就業規則にそれを禁止する記載はない。故に本人は遅刻しても「別にキチンと所定時間を働けば問題ないでしょう」と当然のように言う。もちろん無断遅刻は労働契約(始業時刻は重要な契約内容になっている)の違反行為なので、就業規則に記載はあろうがなかろうがこれは立派な債務不履行であり、度重なれば使用者は契約解除(解雇)ができる。
もう少し判断が厄介なものに「周囲との協調的行動」があるが、これも契約内容とすれば、この著しい欠如は債務不履行と同じである。しかしここで留意すべきは、その問題行動を会社が規定し、告知し、注意を与えることを周りの従業員が暗に要求しているということだ。これをしないことが会社への信頼感を失い、やがては組織風土が悪化する。こういった面から見れば、就業規則は問題行動そのものに対する牽制であり、さらには周囲のモチベーションダウンを防止する重要な役割も果たすことになる。
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