新型コロナウイルスの影響で新卒学生の内定取消しを行うことに問題はありますか?
大幅に株価が下落するなど、新型コロナウイルスは世界経済にも大きな影響を与えるまでになってきた。
大熊社労士
おはようございます!
服部社長
おはようございます。大熊さん、今日もマスク姿ですね。それにしてもこの1種間で株価がここまで下落するとは。緊急事態宣言を行う国も増えてきていて、なんだか現実感がないくらいすごい状態になってきましたね。
大熊社労士
本当にそうですね。御社の業績に与える影響はいかがでしょうか?
服部社長
そもそも年度末の繁忙期ですので、それなりに忙しくやっていますが、短期的には新聞の折り込み広告などの印刷物の受注は減っており、影響は感じています。数か月後は心配な状態です。
大熊社労士
そうですか。私の顧問先でもかなり業績が落ち込んでいる企業が出てきており、当面の資金繰りや従業員の休業、雇用調整助成金などの相談が増えています。
福島さん
先週末も、新卒学生の採用内定を取り消した企業が出ているとニュースで見ました。たぶん超売り手市場の中、なんとか確保した学生だったと思いますが、ほんの1~2ヶ月でここまで状況が変わってしまうとは誰も予想できませんでしたね。
大熊社労士
まったくそう思います。ちなみに厚生労働省は先週、日本経済団体連合会等の経済団体に対して、以下の2点の要請を行っています。
(1)採用内定の取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講じること。
(2)やむを得ない事情により採用内定の取消し又は入職時期の繰り下げを行う場合には、対象者の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、対象者からの補償等の要求には誠意を持って対応すること。
宮田部長
大熊先生、採用内定取消しですが、学生にとっては確かに大変なことだと思いますが、そんなに問題になるのですか?まだ入社前だから解雇でもないですよね?
大熊社労士
それをご理解いただくためには、そもそも内定の法的位置づけについてお話する必要があります。労働契約というのは、入社日である4月1日に成立するのではなく、会社が新卒学生に対して採用する旨の通知を行い、それに対して内定者が誓約書等を提出した時点で成立すると考えられています。ただし、新卒学生については学校を卒業するという条件や入社日の到来という契約の始期が付いていることから、最高裁は採用内定の法的性格について、就労の始期付解約権留保付労働契約が成立したものと判断しています(大日本印刷事件 昭和54年7月20日 最高裁二小判決)。
宮田部長
そうなのですね!内定者との間には既に労働契約が成立しているということですね。
大熊社労士
そういうことになります。だから問題になるのです。このように採用内定によって労働契約が成立している以上、その取消しは合理的と認められる正当な理由がなければできません。先の最高裁判決においても、採用内定の取消しについては、「採用内定の取消が認められるのは、内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています。
福島さん
言葉が少し難しいですね。具体的にはどのようなことが合理的と認められる正当な事由にあたるのでしょうか?
大熊社労士
典型的なのは、学校を卒業できなかった場合や、入社の際に必要と定められた免許・資格が取得できなかった場合等が当たるでしょう。他には、健康を著しく害した場合、履歴書や誓約書などに虚偽の記載がありその内容や程度が採否判断にとって重大なものである場合等も考えられます。
服部社長
今回のように企業の業績悪化による採用内定の取消しは、正当と認められる事由になるのでしょうか?
大熊社労士
先の最高裁判決を踏まえると、経営悪化による内定取消が有効とされるのは、経営悪化が新規採用を不可能ないし困難とするようなものであり、かつ、この経営悪化が内定当時予測できないものであった場合に限られると考えられます。今後、内定取消というニュースが増えることが予想されますが、企業としては採用内定を取り消す前に、採用内定取消回避のための最大限の努力を尽くす必要があります。そして、実際に取り消さざるを得なくった場合においては、誠意をもって本人と話をしていくことが求められると共に、あらかじめハローワークまたは学校の長に通知するものとされています(職業安定法施行規則第35条)。
服部社長
近年は中途採用や転職も当たり前のものになったとは言え、新卒採用は人生で1回しかない重要な進路の選択なので、企業としても安易に行うべきではないですね。
大熊社労士
そうですね。御社ではそのようなことはないと思いますが、もしお知り合いの企業などでそのような状況があればいつでも振ってください。緊急事態ですので、最優先で対応したいと思います。
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
おはようございます。大熊です。新型コロナウイルスの影響が実体経済にも表れてきました。先日もある地方の観光バス会社がドライバーの大半を解雇したというニュースを目にしましたが、雇用にも深刻な影響が出てきています。多くの場合は休業を行い、雇用調整助成金を申請することで雇用を維持するということになろうかと思いますが、リーマンショック同様、非正規労働者の雇止めや派遣の契約打ち切りなども急増するでしょう。そんな中、半月後に入社を控えた新卒学生の内定取消しも出始めています。新卒の内定取消しは、既存社員の整理解雇とともに最終手段となります。今回の経済危機は一時的なものになると思われますが、労働力人口の減少による人材不足は我が国の根本的な課題として今後も継続します。安易な解雇や内定取消しによりブラック企業の烙印を押されることは、中長期的な人材確保という観点からは致命傷となる危険性もあります。あまりに急激な環境変化で誰もが戸惑っているところではないかと思いますが、こんなときこそ全体観をもって対処していきたいののです。
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2018年1月29日「リーフレット:採用内定時に労働契約が成立する場合の労働条件明示について」
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2009年3月16日「過去最大規模の内定取消と急速に減退する新卒者の採用意欲」
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2009年1月23日「内定取消対策が盛り込まれた改正職業安定法施行規則が施行」
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参考リンク
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症への対応を踏まえた2020年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動及び2019年度卒業・修了予定等の内定者への特段の配慮について要請しました」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10193.html
(大津章敬)