[ワンポイント講座]業績悪化を理由とする新卒の内定取消を行う際の留意点

内定取消急増 世界規模の金融危機と景気減速の影響を受けて、企業業績が急速に悪化しています。これにより派遣労働者の契約解除や有期労働者の雇止めなどが多くの企業で進められていますが、中でも深刻なのが新卒学生の採用内定取消問題です。厚生労働省が11月25日時点で集計した内定取消件数は87事業所・331名(ハローワークで指導中のものなどを含む)となっており、事業所数で言えば山一ショックで内定取消が社会問題となった平成10年3月卒の80事業所を既に超えています(画像はクリックして拡大)。そこで今回は、新卒学生の内定取消を行う場合の留意点を取り上げてみましょう。


 そもそも内定の法的取り扱いですが、会社が新卒学生に対して採用する旨の通知を行い、それに対して内定者が誓約書等を提出した時点で労働契約は成立すると考えられています。ただし、新卒学生については学校を卒業するという条件や入社日の到来という始期が付いていることから、最高裁は採用内定の法的性格について、就労の始期付解約権留保付労働契約が成立したものと判断しています(大日本印刷事件 昭和54年7月20日 最高裁二小判決)。


 このように採用内定によって労働契約が成立する以上、内定の取消は労働契約の解約、つまり解雇に該当し、合理的と認められる正当な理由がなければそれを行うことはできません。先の最高裁判決においても、採用内定の取消については、「採用内定の取消が認められるのは、内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています。つまり、採用内定の取り消しの効力は、採用内定の取消が合理性・相当性を有する場合のみ許されることになります。ここにおいて採用内定の取消が合理的と認められる正当な事由としては、以下のようなものが挙げられます。
条件付き労働解約の場合の条件の成就または不成就
 学校を卒業できなかった場合、入社の際に必要と定められた免許・資格が取得できなかった場合等
採用内定取消事由を約束している場合のその取消事由の発生
 健康を著しく害した場合、履歴書や誓約書などに虚偽の記載がありその内容や程度が採否判断にとって重大なものである場合等
その他の不適格事由の発生
 犯罪行為を犯しての逮捕、起訴等


 それでは、今回のように企業の業績悪化による採用内定の取消しは、正当と認められる事由になるのでしょうか。先の最高裁判決を踏まえると、経営悪化による内定取消が有効とされるのは、経営悪化が新規採用を不可能ないし困難とするようなものであり、かつ、この経営悪化が内定当時予測できないものであった場合に限られると考えられます。世間で内定取消というニュースを多く耳にするようになると、安易にその方法を選択する企業が増加する傾向が見られますが、企業としては採用内定を取り消す前に、採用内定取消回避のための最大限の努力を尽くす必要があります。そして、実際に取り消さざるを得なくった場合においては、誠意をもって本人と話をしていくことが求められると共に、あらかじめハローワークまたは学校の長に通知するものとされています(職業安定法施行規則第35条)。


[関連判例]
大日本印刷事件(昭和54年7月20日 最高裁第二小)
 企業が大学の新規卒業者を採用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定する、いわゆる採用内定の制度は、従来わが国において広く行われているところであるが、その実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難である。したがって、具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。
 本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、Yからの募集(申込みの誘引)に対し、Xが応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対するYからの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であって、Xの本件誓約書の提出とあいまって、これにより、XとYとの間に、Xの就労の始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。
 わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いったん特定企業との間に採用内定の関係に入った者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。
〈試用契約において、解約権の留保約款を設けることは、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるが、留保解約権の行使は解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるとした試用期間中の留保解約権の行使に係る判例(三菱樹脂事件 最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)の判旨を引用した上で、〉
 右の理は、採用内定期間中の留保解約権の行使に同様に妥当するものと考えられ、したがって、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。
〈Yは、Xの不適格性(グルーミーな印象)を当初から認識していたが、それを打ち消す材料がでなかったために採用内定を取消した、とのYの主張に対し、〉
 グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、Yとしては、その段階で調査を尽くせば、従業員の適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す内容がでなかったので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべき〈である。〉


[関連法規]
職業安定法 第54条
 厚生労働大臣は、労働者の雇入方法を改善し、及び労働力を事業に定着させることによって生産の能率を向上させることについて、工場事業場等を指導することができる。


職業安定法施行規則 第35条
 厚生労働大臣は、労働者の雇入方法の改善についての指導を適切かつ有効に実施するため、労働者の雇入れの動向の把握に努めるものとする。
2 学校(小学校及び幼稚園を除く。)、専修学校、職業能力開発促進法第15条の6第1項各号に掲げる施設又は職業能力開発総合大学校(以下この条において「施設」と総称する。) を新たに卒業しようとする者( 以下この項において「新規学卒者」という。)を雇い入れようとする者は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、あらかじめ、公共職業安定所又は施設の長( 業務分担学校長及び法第33条の2第1項の規定により届出をして職業紹介事業を行う者に限る。第4項において同じ。) にその旨を通知するものとする。
一 新規学卒者について、募集を中止し、又は募集人員を減ずるとき(厚生労働大臣が定める新規学卒者について募集人員を減ずるときにあっては、厚生労働大臣が定める場合に限る。)。
二 新規学卒者の卒業後当該新規学卒者を労働させ、賃金を支払う旨を約し、又は通知した後、当該新規学卒者が就業を開始することを予定する日までの間(次号において「内定期間」という。) に、これを取り消し、又は撤回するとき。
三 新規学卒者について内定期間を延長しようとするとき。
3 公共職業安定所長は、前項の規定による通知及び次項の規定による連絡の内容を都道府県労働局長を経て厚生労働大臣に報告しなければならない。
4 施設の長は、第2項の規定による通知を受けた場合には、その内容を公共職業安定所に連絡するものとする。
5 法第54 条の規定による工場、事業場等の指導については、職業安定局長の定める計画並びに具体的援助要項に基づき、職業安定組織がこれを行うものとする。
6 職業安定組織が前項の指導を行うに当たっては、労働争議に介入し、又は労働協約の内容に関与してはならない。



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参考リンク
厚生労働省「新規学校卒業者の採用内定取消しへの対応について」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/11/h1128-2.html


(福間みゆき)


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