[ワンポイント講座]就業規則がなければ、解雇できないのか

 就業規則は職場のもっとも基本的なルールブックであり、会社と従業員はこのルールに基づいて行動することが求められます。しかし、中小企業ではそもそも就業規則が整備されていない場合も少なくありません。そこで本日のワンポイント講座では、就業規則がなかった場合に従業員を解雇できるか否かについて取り上げることとしましょう。


 労働基準法第89条は「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない」と規定しているため、従業員10名以上を雇用している会社に就業規則がない場合は、労働基準法違反ということになります。しかし、就業規則が整備されていないからといって、使用者が従業員を解雇する権限がなくなるということはありません。そもそも民法第627条において、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」とされていることから、使用者の解雇権そのものは会社に存在します。また、期間の定めがあったときについても、民法第628条において「やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解雇することができる」とされています。実際に解雇を行う際に解雇権を濫用した場合は、その解雇は無効となり、その対応をとった会社に問題がありますが、それは解雇権の行使の仕方に問題があるのであって、解雇する権限そのものは認められています。


 それでは、今回のテーマである就業規則がない場合の解雇について考えてみましょう。この場合、解雇基準を明らかにしていませんが、解雇権を放棄するといった事情がない限りは、就業規則がないことを理由に社員を解雇することはできないということにはならないと考えられます。この点については、出勤状況不良、技能拙劣、作業伝票不提出等を理由に解雇された従業員が、会社には就業規則がなく、解雇は解雇基準によらない恣意的理由づけによるもので無効であるとして解雇無効確認を求めた秀栄社事件(昭和46年11月1日 東京地裁判決)が参考になるでしょう。この裁判において東京地裁は「被告が労働基準法上、就業規則を作成して行政官庁に届け出、これを労働者に周知させる義務があり、右義務違反は罰則の適用を受ける違法行為だとしても、被告が前示不作為の故に当然にその従業員を解雇できなくなるいわれはない。また、当時被告会社にはいかなる形においてにせよ従業員の解雇基準がなかったことは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるが、使用は予め定められた解雇基準によらなければ労働者を解雇できないという理由もない」と従業員の請求を棄却しました。


 このように就業規則が存在しない場合でも使用者の解雇権までが否定されることは基本的にありません。しかし、解雇権濫用といった問題を防止するためには、就業規則を整備し、その基準を明確に示しておくことが重要です。


[参照法規]
労働基準法 第89条(作成及び届出の義務)
 常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(以下略)


[関連裁判例]
秀栄社事件(昭和46年11月1日 東京地裁)
 被告が労働基準法上、就業規則を作成して行政官庁に届け出、これを労働者に周知させる義務があり、右義務違反は罰則の適用を受ける違法行為だとしても、被告が前示不作為の故に当然にその従業員を解雇できなくなるいわれはない。また、当時被告会社にはいかなる形においてにせよ従業員の解雇基準がなかったことは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるが、使用は予め定められた解雇基準によらなければ労働者を解雇できないという理由もない。
(中略)
 そこで被告が原告を解雇するに至った事情として主張するところを検討してみる。
(中略)
 原告が被告会社の業務上の指示に従わず作業伝票を毎日提出しなかったことは、事が些少であるとは言え、被告会社従業員としての適性を欠くと評されても止むを得ないものといわなければならない。
(中略)
 原告は製図にしてもトレースにしても他の従業員と比較すると前例を見ない程著しく多くの時間を要したことがそれぞれ認められる。右認定の事実に前示証拠を合わせ考えると、被告会社が原告の技能が拙劣で、能率がわるいとみたのは無理もないことと認められる。
(中略)
 被告会社代表者が原告を呼んでこのような拙い仕事では得意先に納品できないからと言って注意を与えたところ、原告はこの図面が納品できないのはおかしいと言って激しく反発したことが認められる。
(中略)
 以上の事実によれば被告会社が原告の態度を協調的でなく反抗的であるとみたのは無理からぬところである。
(中略)
 以上考察したところによれば、被告会社が原告を解雇するについては唯単に原告が気に入らないとして勝手気ままにこれをしたものとは認め難く、本件解雇については首肯するに足りる合理的な理由があったものといわなければならない。従って本件解雇を目して被告が解雇権を濫用したものとか、公序良俗に反するとかいうことはできない。



関連blog記事
2008年8月5日「「当たり前のこと」と就業規則」
https://roumu.com
/archives/51385413.html

2007年12月29日「パートタイマーの就業規則未整備に関する監督署の指導状況」
https://roumu.com
/archives/51206076.html

2007年9月27日「100万円の横領の場合、70.6%の企業が懲戒解雇を適用」
https://roumu.com
/archives/51084789.html

2007年3月22日「プライベートでの飲酒運転事故 過半数の企業が諭旨解雇・懲戒解雇を適用」
https://roumu.com
/archives/50919473.html

2006年5月24日「インターネットの私的利用の防止策の傾向と不正利用時の懲戒処分」
https://roumu.com
/archives/50570735.html


(福間みゆき)


当社ホームページ「労務ドットコム」にもアクセスをお待ちしています。