[ワンポイント講座]始末書の提出を強制することはできるか

 従業員が不祥事を起こしたときや業務命令に違反した場合、懲戒処分として始末書の提出を求めることがあります。従業員が任意に始末書の提出に応じれば問題ありませんが、これを拒否した場合、提出を強制することや提出拒否を理由として懲戒処分を課すことは可能なのでしょうか。今回のワンポイント講座では、従業員が始末書の提出に応じない場合の対応について取り上げたいと思います。


 そもそも始末書とは、一般に違反行為をした者がその行為について謝罪すると共に、将来同様の行為を繰り返さないことの意思表示を行うものです。裁判例では、始末書の提出を求めること自体は、正当な理由のない場合など裁量権の濫用に当たるものでない限り、違法性を有するものではないとされています。


 しかし、始末書の提出を強制できるかについては、多くの裁判例がこれを否定的に解しています。例えば「従業員が任意に始末書を提出することは妨げないとしても、不提出の場合に何らかの制裁を加えて間接的に強制してまで提出を求めることができるかは疑わしい」(近鉄タクシー事件:大阪地判 昭和38年2月22日)としています。また、始末書の提出拒否を理由とする懲戒処分についても「労働者の義務は労働提供業務に尽き、労働者は何ら使用者から身分的支配を受けるものでなく、個人の意思の自由は最大限に尊重されるべきであることを勘案すると、始末書の提出命令を拒否したことを理由に、これを業務上の指示命令違反として更に新たな懲戒処分をなすことは許されない」(豊橋木工事件:名古屋地判 昭和48年3月14日)としています。したがって、始末書の提出を強制することは、個人の意思の自由に関わる問題として認められず、提出拒否を理由とした懲戒処分もできないと考えられています。


 とはいえ、従業員に対して一切の書類提出を求めることが許されないわけではありません。従業員は雇用契約における信義則上の義務として、経営上の支障となる行為や、職場秩序を乱すような行為をした場合、具体的内容や事情の調査に応じ、報告する義務があります。よって、顛末や事実経過を報告させる「顛末書」や「経過報告書」であれば、業務命令の一環として提出を命ずることができるため、このような形で記録を残し、改善のための指導を行っていくことが重要となるでしょう。


[関連裁判例]
東芝府中工場事件(東京地八王子支判 平成2年2月1日)
 府中工場の製缶課の製造長には、その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすることは勿論、時に応じて始末書等の作成を求めることも、それが人事考課の資料となるものではなく、また、その作成提出は業務命令の対象となるものではないことが認められるから、必ずしも個人の意思の自由とも抵触を来たすものではないというべく、それ自体が違法性を有するものではない。しかしながら、製造長の行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべきである。


近鉄タクシー事件(大阪地判 昭和38年2月22日)
 従業員が任意にこれを提出することは妨げないとしても、不提出の場合に何らかの制裁を加えて間接的に強制してまでこれの提出を求めうるかは疑わしい。何故ならばいうまでもなく雇傭契約は労働力の売買であって、その労働者の意思、感情までもその取引の対象としている訳ではなく労働者にはその雇傭されている企業に対する債務の本旨に従う労務提供義務こそあれ、雇傭契約に基く拘束を超えて全人格的服従義務、いわば封建制下の忠誠義務のようなものはないのである。だとすると始末書の不提出自体を不都合な行為として懲戒解職(或は他の懲戒処分)の事由とすることは、これを間接強制する結果になるから許されないものというべきである。


豊橋木工事件(名古屋地判 昭和48年3月14日)
 元来使用者のなす始末書提出命令は懲戒処分を実施するために発せられる命令であって、労働者が雇用契約にもとづき使用者の指揮監督に従い労務を提供する場において発せられる命令ではない。これに加えて近代的雇用契約のもとでは労働者の義務は労務提供義務に尽き、労働者は何ら使用者から身分的人格的支配を受けるものではなく、個人の意思の自由は最大限に尊重されるべきであることを勘案すると、始末書の提出命令を拒否したことを理由に、これを業務上の指示命令違反として更に新たな懲戒処分をなすことは許されないと解するのが相当である。



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2009年1月14日「[ワンポイント講座]就業規則がなければ、解雇できないのか」
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2007年9月27日「100万円の横領の場合、70.6%の企業が懲戒解雇を適用」
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2007年3月22日「プライベートでの飲酒運転事故 過半数の企業が諭旨解雇・懲戒解雇を適用」
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2006年5月24日「インターネットの私的利用の防止策の傾向と不正利用時の懲戒処分」
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(佐藤浩子)


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