兼業・副業を認める必要があるのでしょうか?

 緊急事態宣言延長の中、大熊は服部印刷に今週の面談をどうしようかと相談したが、感染予防をした上で直接話をしたいという要望を受け、今朝も同社の門をくぐった。


大熊社労士
 おはようございます。
服部社長服部社長
 大熊さん、おはようございます。今週もお越しいただき、ありがとうございます。新型コロナも各地で過去最多の感染者数で、緊急事態宣言も延長ということだったので今日は迷ったのですが、体温測定にアルコール消毒、アクリル板といった対策をしているのでお越しいただきました。申し訳なかったですね。
大熊社労士
 いえいえ、大丈夫ですよ。御社は本当にしっかり対策を取られていますよね。まだ感染者は出ていませんか?
服部社長
 はい、おかげさまで。もっとも身近では感染者の話もよく聞くようになったので心配しているところです。今日は福島さんからご相談があるということなので、よろしくお願いします。
福島照美福島さん
 よろしくお願いします。今日のご相談は兼業・副業についてです。最近、従業員の中からもこの話題が出ることが多くなってきており、そろそろ知識の確認と最低限の制度構築が必要ではないかと考えていまして。
大熊社労士
 なるほど。確かに最近、兼業・副業に関してご相談を受けることが増えています。このテーマは平成29年3月28日の働き方改革実行計画にも盛り込まれており、モデル就業規則の改定なども行われていましたが、新型コロナの影響で一気に関心が高まった感じですね。
福島さん
 そうですね。特に昨年の最初の緊急事態宣言の中で、多くの従業員が休業になったり、在宅勤務になったことで、自らの仕事について考えたり、実際に会社に行かなくても一定程度の仕事ができることに気づいたというのが大きいのではないかと思います。
宮田部長宮田部長
 本当にそうですよね。私も在宅で意外に仕事ができてしまうものだなと感じました。これであれば夜とか週末に別の会社の仕事を副業でもできるなと思ったりして。もっとも私の場合は、会社で全力で仕事をしているので、夜、これ以上、仕事をする余力は残ってませんけど!ですよね、社長?
服部社長
 まぁ、そうかな(苦笑)
大熊社労士大熊社労士
 宮田部長が夕方にクタクタになっているかどうかは分かりませんが、同じように感じた方は多いのだと思います。特に最近はメルカリでものを売るだとか、クラウドワークスのようなフリーランスのマッチングサービスなども普及してきていますから、副業を見つけることも比較的簡単になってきています。それだけに、うちの会社では副業が認められるのだろうかと考える従業員が増えるのは当然なのだと思います。
福島さん
 本当にそうなんです。それでご質問なんですが、そもそも法的には兼業・副業を認める必要があるのでしょうか?
大熊社労士
 はい、まずはそこからお話ししましょう。兼業・副業に関しては昔から様々な裁判例があります。それらの結論をまとめると、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるという考え方が原則となっています。つまり、原則的には副業はOKということになります。但し、副業を認めた結果、本業の方に支障が生じたりすることもあり得ますので、以下のような事由に該当する場合に例外的に禁止できるという立場を取っています。

  1. 労務提供上の支障がある場合
  2. 企業秘密が漏洩する場合
  3. 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  4. 競業により、企業の利益を害する場合

服部社長
 なるほど。原則OK,例外として制限できる場合があるということですね。
大熊社労士
 そうなのです。少し裁判例を紹介しましょう。まずは副業をOKとした裁判例です。
十和田運輸事件(東京地判平成 13 年6月5日)
 運送会社の運転手が年に1、2回の貨物運送のアルバイトをしたことを理由とする解雇に関して、職務専念義務の違反や信頼関係を破壊したとまでいうことはできないため、解雇無効とした事案。
東京都私立大学教授事件(東京地判平成 20 年 12 月5日)
 教授が無許可で語学学校講師などの業務に従事し、講義を休講したことを理由として行われた懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇無効とした事案。
福島さん
 なりほど。キーワードを拾うと、副業の頻度、本業への支障など職務専念義務違反の程度、信頼関係の破壊といった感じですね。
大熊社労士
 さすがですね。素晴らしいです。一方、副業が認められなかった裁判例としては以下のようなものがあります。
小川建設事件(東京地決昭和 57 年 11 月 19 日)
 毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇について、兼業は深夜に及ぶものであって余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、社会通念上、会社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す蓋然性が高いことから、解雇有効とした事案。
橋元運輸事件(名古屋地判昭和 47 年4月 28 日)
 会社の管理職にある従業員が、直接経営には関与していないものの競業他社の取締役に就任したことは、懲戒解雇事由に該当するため、解雇有効とした事案。
福島さん
 やはり、本業への支障が問題視されていますね。あとは競業ですか。
大熊社労士
 そのとおりです。このような感じで裁判例を積み上げていくと、先ほどのような結論になるということです。
服部社長
 となると、当社でもその方向で兼業・副業を認める方向で検討する必要がありますね。
大熊社労士
 基本的にはそうだと思います。ただ、現実には労働時間の通算の問題など、様々な課題がありますので、そのあたりの課題と対応の方向性については改めてお話させていただければと思います。
服部社長
 そうですか。分かりました。よろしくお願いします。

>>>to be continued

大熊社労士のワンポイントアドバイス[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
 こんにちは、大熊です。今回は最近、社会的な関心が高まっている兼業副業について取り上げました。兼業副業に関しては、働き方改革実行計画を受け、2018年1月に厚生労働省のモデル就業規則が、正反対の内容に変更されました。それまでは遵守事項の中で「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」とされていたものが、以下のように改定されました。
第68条(副業・兼業)
 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

  1. 労務提供上の支障がある場合
  2. 企業秘密が漏洩する場合
  3. 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  4. 競業により、企業の利益を害する場合

 この改定の際には、兼業副業がここまで社会的な関心を呼ぶとは考えていませんでしたが、ここ最近は完全に風向きが変わってきた印象です。次回以降もこのテーマについて取り上げていきますので、是非ご覧ください。


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参考リンク
厚生労働省「副業・兼業」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html

(大津章敬)