[ワンポイント講座]親の介護をしている社員に転勤を命じることはできるのか
最近は介護をしながら勤務している社員を多く目にするようになりましたが、今後も仕事と介護を両立しながら働く社員が増加することは間違いのない状況です。そこで今回のワンポイント講座では、介護をしている社員への転勤命令の可否について取り上げてみましょう。
多くの企業の事例を見ると、就業規則において以下のような異動に関する定めがなされていることが通常です。
第○条(異 動)
業務の都合により必要がある場合は、社員に異動(配置転換、転勤、出向)を命じ、または担当業務以外の業務を行わせることがある。
このように就業規則において転勤をさせることがある旨を規定してある場合には、転勤について労使間で包括的に合意していると解釈され、社員は原則としてその転勤命令を拒むことはできません(東亜ペイント事件 最高裁二小 昭和61年7月14日判決)。しかし、就業規則に定めがあるような場合であっても、人事権の濫用とされるような場合には、その命令を行うことは違法とされます。ここにおいて転勤命令が人事権の濫用とされるか否かの判断については、主として業務上の必要性と労働者の不利益の程度の2点により行われます。
このうち①の業務上の必要性については当然として、判断が難しいのがの労働者の不利益の程度の捉え方です。転勤の結果、単身赴任となる事例は多く見られますが、先の東亜ペイント事件において、単身赴任というだけでは労働者が被る不利益が「通常甘受すべき程度」を著しく超えるものとは言えないと判示されているように、単身赴任や遠隔地の配転というだけでは人事権の濫用とは言えないとされています。しかし、転勤による労働者の不利益の程度は、個人の事情によって大きく異なります。近年の裁判(ミロク情報サービス事件 京都地裁 平成12年4月18日判決、北海道コカ・コーラボトリング事件 札幌地裁 平成9年7月23日決定)においては、社員本人や家族の健康状態、育児や介護が私生活上の事情として考慮されるようになっています。そして、ネスレジャパン事件(最高裁二小 平成20年4月18日決定)においても、個人の事情を考慮した上で介護中の転勤は無効とした判決が下されています。
以上のことから、介護をしている社員への転勤命令については、親の面倒をみる必要があり、かつ他の人に替わってもらうことが不可能な場合には、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があると認められる傾向が強いと考えられます。併せて、育児介護休業法第26条に育児・介護を行う労働者の配置に際しての使用者の配慮義務が定められていることからも、会社としては介護を行っている社員への配慮が必要とされます。そのため、実務においては転勤命令を行う前に社員の個人事情をヒアリングするなどの対応が求められ、場合によっては一定期間の転勤を猶予することも検討していくことが望まれます。
[関連判例]
東亜ペイント事件(最高裁二小 昭和61年7月14日判決)
上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないが、当該転勤命令について業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務能率の増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
本件転勤命令については、業務上の必要性が優に存在し、本件転勤がXに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものであるので、本件転勤命令は権利の濫用には当たらない。
[関連法規]
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 第26条(労働者の配置に関する配慮)
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
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参考リンク
大阪労働局「仕事と育児・介護との両立支援について」
http://osaka-rodo.go.jp/kinto/ryoritu.html
(福間みゆき)
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