意外に多い「単価計算ミス」による未払い残業代の発生
前回のブログ記事「未払い残業代請求問題というのはどのようなものですか?」では、これから大きな社会的問題になることが懸念されている未払い残業代請求問題の概要について取り上げた。大熊は服部社長の要望を受け、この具体的内容について、もう少し掘り下げて説明することとした。
大熊社労士:
未払い残業代というと、まったく残業代を支払っていないであるとか、例えば月間30時間分まででカットしているような例を想定することが多いのではないでしょうか?
宮田部長:
そうですね。お恥ずかしい限りですが、当社もかつては毎月30時間で残業代をカットしていましたから…(2007年1月3日のブログ記事「サービス残業で4,000万円?!」を参照)。いまでもかつての当社と同様の会社は多いのでしょうね。
大熊社労士:
そうでしたね。あのときに改善されたので御社では大きな問題はもうないはずです。しかし、世間ではまだまだそのような取扱いをしている会社も少なくありません。そうした会社は今後、これまでより更に大きなリスクを抱えることになるでしょう。
服部社長:
そうですね。当社はあのときに制度改定を行っておいて良かったと思いますよ。正直なところ、人件費が増えてしまったため、若干厳しい面もあったのですが、結果的には正しい選択をしたと思っています。あれを契機に業務生産性を高めようという機運も高まりましたから。
大熊社労士:
ありがとうございます。そのように考えて頂けるのは、顧問社労士として本当にありがたいです。時間外割増賃金をそもそも支給していないような会社は法的にはどうしようもない訳ですが、きちんと支給しているという会社でも実際に状況を確認してみると、細かいところでいろいろと未払いをしてしまっている例があるのです。もっとも分かりやすいのが時間外割増賃金の単価計算が間違っているというパターンでしょう。以前もお話させて頂いてはおりますが、改めて時間外割増賃金の時間単価の計算方法について解説します。
服部社長:
はい、説明いただいてからかなり経っていますので、もう一度お願いします。
大熊社労士:
分かりました。時間外割増賃金の時間単価の計算は、「対象賃金÷月平均所定労働時間×割増率」という計算式に基づき行ないます。まずの対象賃金ですが、原則として「通常の労働時間または労働日」に支払われるすべての賃金がその対象となります。企業によっては基本給だけを対象として時間外割増賃金を計算している例がありますが、これでは法が定めるよりも低い単価になってしまうため、結果として未払い残業代が発生してしまうのです。
服部社長:
なるほど。これだと経営者が無意識のままに未払いを起こしていることもありそうですね。
大熊社労士:
ほんとうにそうですね。
宮田部長:
先生、時間外割増賃金の計算ですが、確か対象賃金から抜くことができる手当が決められているのではなかったでしょうか?
大熊社労士:
はい、よく覚えていただけていましたね。ありがとうございます。原則は「通常の労働時間または労働日」に支払われるすべての賃金がその対象となりますが、そこから(1)家族手当、(2)通勤手当、(3)別居手当、(4)子女教育手当、(5)住宅手当、(6)臨時に支払われる賃金、(7)1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金は除外してもよいとされています。
宮田部長:
逆の言い方をすれば、この7つの手当等以外の賃金については名称の如何を問わず、時間外手当の対象賃金に算入する必要があるということですね。
大熊社労士:
はい、歩合給などの計算においては少し特殊な計算方法が用いられることがありますが、基本的にはそのような理解で構いません。ここでよく問題になるのが住宅手当の取扱いです。世間では「賃貸住宅に居住する世帯主である者について一律20,000円の住宅手当を支給する」というような例が多く見られますが、実はこのような決め方をされている住宅手当は、時間外割増賃金の対象賃金から除外することはできないとされているので注意が必要です。
服部社長:
住宅手当は時間外割増賃金の対象賃金から除外できるのですよね?手当の設定方法によっては除外できないこともあるということでしょうか?
大熊社労士:
そのとおりです。この点については通達でその基準が定められています。まずはその該当部分を見てみましょう。
イ 割増賃金の基礎から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものであり、手当の名称の如何を問わず実質によって取り扱うこと。
ロ 住宅に要する費用とは、賃貸住宅については、居住に必要な住宅(これに付随する設備等を含む。以下同じ。)の賃貸のために必要な費用、持家については、居住に必要な住宅の購入、管理等のために必要な費用をいうものであること。
ハ 費用に応じた算定とは、費用に定率を乗じた額とすることや、費用を段階的に区分し費用が増えるにしたがって額を多くすることをいうものであること。
ニ 住宅に要する費用以外の費用に応じて算定される手当や、住宅に要する費用に関わらず一律に定額で支給される手当は、本条の住宅手当に当たらないものであること。
時間外割増賃金の基礎から除外できる住宅手当についてはこのような細かい条件が定められています。具体的には住宅に要する費用に応じて算定されるものでなければならないとされていますので、先ほどの例のように「賃貸住宅に居住する世帯主である者について一律20,000円」という住宅手当では除外できないのです。
宮田部長:
なるほど。いろいろ細かいルールがあるのですね。普通に法律を読むだけだと問題には思えませんから、知らず知らずのうちに未払い残業を発生させてしまっているような例は相当あるのでしょうね。
大熊社労士:
まったく同感です。次に時間外割増賃金計算の分母に当る月平均所定労働時間ですが、こちらは通常、年間所定労働日数×1日の所定労働時間÷12ヶ月という計算式で算出します。これだけだと分かりにくいので例を挙げましょう。年間休日110日で、1日の所定労働時間が8時間というよくありそうな例で考えてみると、この会社の年間所定労働日数は365日-110日で255日となります。よって月平均所定労働時間は255日×8時間÷12ヶ月で170時間となるのです。この計算をしっかり行なっていない会社が結構多いのです。
宮田部長:
当社もかつてはそこまで厳密に計算していませんでしたから、偉そうなことはいえません(苦笑)。
大熊社労士:
特に古い就業規則のまま改定していない会社ですと、この月平均所定労働時間を200時間で計算しているような例が少なくありません。計算式において分母が大きいということは最終的に導き出される単価は、本来の金額よりも少なくなってしまいますから、ここで未払い残業代が発生してしまうのです。
服部社長:
なるほど。これも専門的な知識を持った人が客観的にチェックしないとなかなか見つからないかも知れませんね。会社内の実務は従来から行なっている方法をそのまま受け継いでいることが多いですからね。
大熊社労士:
そうですね。今回は時間外割増単価の計算ミスによる未払い残業代の発生という問題をお話しましたが、これ以外にも未払いが発生するいくつかの典型的パターンがありますので、また次回以降にお話したいと思います。
>>>to be continued
[大熊社労士のワンポイントアドバイス]
こんにちは、大熊です。今回は未払い残業代問題のうち、時間外割増賃金の計算ミスの事例を取り上げました。このように違法性の認識がない中でも厳密には未払いが発生しているという例は非常に多く見られます。来週以降もその典型的なパターンについて解説していきますので、自社の取扱いに問題がないかチェックして行ってください。それでは次週以降をお楽しみに。
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関連blog記事
2010年5月17日「未払い残業代請求問題というのはどのようなものですか?」
https://roumu.com/archives/65357072.html
2007年1月25日「出張のときの労働時間はどう考えるの?」
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2007年1月22日「営業職には時間外手当は必要ないと思っていました」
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2007年1月16日「課長以上は全員管理監督者ではないの?」
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2007年1月10日「時間外手当の割増率を確認しましょう!」
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2007年1月5日「これが正しい時間外手当の計算方法なんです!」
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2007年1月3日「サービス残業で4,000万円?!」
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(大津章敬)
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