[ワンポイント講座]育児休業中のe-ラーニングは労働時間として賃金を支払うべきか

 8月15日のブログ記事「女性労働者の育児休業取得率は約9割に上昇」では、厚生労働省が発表した「平成19年度雇用均等基本調査結果概要」を引用し、育児休業取得率が女性が89.7%、男性が1.56%となり、平成17年度の前回調査に比べ女性で17.4ポイント、男性で約3倍と男女とも大幅に上昇したという結果をお伝えしました。このように女性労働者においては完全に定着した育児休業ですが、こうした問題に積極的に取り組んでいる企業においては、育児休業を取得していた社員が職場復帰する際、休業中のブランクを埋めるためにインターネットを使った復帰プログラムを受講できるようにしてあることがあります。これは育児介護休業法からも企業に対して努力義務として求められている事項でありますが、今回はこうしたe-ラーニング受講の際の労働時間の問題について取り上げてみましょう。


 労働基準法第32条では、「1日8時間」「1週40時間」を法定労働時間とした上で、「休憩時間を除き法定労働時間を超えて労働させてはならない」と規定されているだけで、労働時間とはどのような時間なのかを具体的に定めていません。そのため、まずは労働時間とはどのような時間なのか定義を確認しておく必要があります。この点に関し、判例(三菱重工業長崎造船所事件 最高裁一小 平成12年3月9日判決)によると、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令の下におかれている時間」と定義されています。そして、実際に労働している時間だけでなく、使用者の指揮命令下にあると客観的に認められる時間、例えば手待時間や昼休みに電話当番をしている時間は使用者の指揮命令下にあるため、労働時間となります。これに対し研修時間が労働時間になるか否かについては通達(昭和26年1月20日 基収2875号)が存在し、これによれば「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば、時間外労働にはならない」とされています。よって研修に参加することが義務づけられているような場合は、その研修時間は労働時間として取り扱われます。また研修参加の明確な指示命令がなくとも、黙示に参加が義務づけられている場合についても、自由参加であることを明示していない限りは労働時間となります。これは、明示あるいは黙示の業務命令に反した場合、社員に対して懲戒等の不利益な取扱いがなされる可能性があると考えられているからです。一方、研修の内容に関して言えば、パソコンや語学などの一般教養の講座については、職務内容との関係が少ないものであれば、その講座の受講時間は原則として労働時間にはなりません。なぜなら、受講することで待遇がよくなることはあっても、受講しないことによって不利益な取扱いが行われるわけではないからです。


 以上の事項を押さえて上で今回の育児休業復帰時に受講するe-ラーニングの時間について考えてみましょう。このe-ラーニングは復職のための研修であり、業務との関連性は高いと判断できます。しかし、この研修はインターネットを通じた自宅学習であり、またあくまで受講することは任意であるため、社員が直接使用者の指揮命令の下に置かれていたとは考えにくいはずです。よって、こうした場合のe-ラーニングの受講時間は労働時間ではなく、原則として賃金を支払う必要はないと考えられるでしょう。


[関連判例]
三菱重工業長崎造船所事件(最高裁一小 平成12年3月9日判決)
 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない。労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされたときは、その行為を所定労働時間外に行うものとされている場合でも、その行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる。したがって、その行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当する。XらはYから作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、それを事業所内の更衣所において行うものとされていた。また、Xらの一部はYにより資材等の受出し及び月数回の散水を義務付けられていた。したがって、(1)、(2) 及び(3)の各行為は、Yの指揮命令下に置かれたものと評価できる。


八尾自動車興業事件(大阪地裁 昭和58年2月14日判決)
 (イ)右趣味の会は、被告会社の従業員の福利厚生の一環としてなされていたものであって、その講師に支払う費用等は被告会社においてこれを負担していたが、被告会社の従業員がこれに参加するか否かは全くその自由に委ねられ、被告会社から右参加を強制されていたようなことはなかったこと、(ロ)したがって、被告会社の従業員のなかで、現に右趣味の会に参加していない者もあったこと、(ハ)また、被告会社において、右趣味の会に対する出欠をとっていたようなことはなく、(中略)。したがって、右趣味の会に出席した場合にこれに対する賃金を支払ったこともなければ、これに欠席したことを理由に不利益を課せられるようなこともなかったこと、以上の事実が認められる。そうだとすれば右趣味の会の活動は、被告会社の業務として行なわれたとは到底いい難いから、原告らの右趣味の会活動が被告会社における時間外労働に当るとの主張は失当である。被告会社では昭和四九年一二月頃全従業員が経営に参加する趣旨の下に経営協議会が設けられ、その専門委員会として、教養委員会、管理委員会、車輌委員会その他の委員会が設けられた。(中略)右各専門委員会の委員長、副委員長はいずれも被告会社の代表取締役が委嘱し委員長には月額五〇〇〇円、副委員長には月額三〇〇〇円の手当が支給されていたし、また、被告会社の従業員は、すべていずれかの委員会に配属されていたところ、昭和五二、五三年当時、原告X1は当初は渉外委員会にその後は教養委員会に、原告X2は管理委員会に、原告X3は車輌委員会にそれぞれ属していた。(中略)右各専門委員会は、概ね月一、二回程度教習第八部の終った午後四時五〇分から教習第九部の始まる午後五時二〇分までのうち少なくとも二〇分以上を費して開催されるのが通例であって、右委員会への出席は、被告会社における時間外労働に当る。
 右事実によれば、右専門種委員会は、被告会社の業務としてなされたものであって、原告らが右各専門委員会に出席して活動した時間は、時間外の労働時間というべきであるから、これに対して、被告会社は割増賃金を支払う義務がある。そうだとすれば、原告X1が右研修会に参加した分の六〇分は、時間外労働に従事した時間というべきであるからこれに対しては、割増賃金が支払われるべきである。


 [関連法規]
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 第22条(雇用管理等に関する措置)
 事業主は、育児休業申出及び介護休業申出並びに育児休業及び介護休業後における就業が円滑に行われるようにするため、育児休業又は介護休業をする労働者が雇用される事業所における労働者の配置その他の雇用管理、育児休業又は介護休業をしている労働者の職業能力の開発及び向上等に関して、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。


[関連通達]
昭和26年1月20日 基収2875号
 労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば、時間外労働にはならない。



関連blog記事
2008年8月15日「女性労働者の育児休業取得率は約9割に上昇」
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2008年12月17日「[ワンポイント講座]退職した社員に賞与を支払う必要はあるのか」
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2008年12月10日「[ワンポイント講座]親の介護をしている社員に転勤を命じることはできるのか」
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2008年12月3日「[ワンポイント講座]業績悪化を理由とする新卒の内定取消を行う際の留意点」
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2008年11月26日「[ワンポイント講座]1ヶ月間まったく出社なしの場合の通勤手当不支給の取り扱い」
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2008年11月12日「[ワンポイント講座]在宅勤務者の労働時間はどのように取り扱うのか」
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2008年11月5日「[ワンポイント講座]派遣社員の健康診断は派遣先・派遣元のどちらが行うのか」
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2008年10月29日「[ワンポイント講座]3回遅刻した場合に、1日分の賃金カットを行うことはできるのか」
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(福間みゆき)


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