[ワンポイント講座]第三者行為によって業務上負傷した場合の示談の留意点

 従業員が業務時間中に、第三者の加害行為によってケガをすることは少なくないでしょう。たとえば、取引先の倉庫内を歩いていたところ、取引先の従業員(加害者)が運転するフォークリフトと衝突してケガをしてしまうような事例が挙げられます。このような場合、会社としては、業務上負傷していることから治療について療養補償給付(または療養給付)が受けられるように申請をする必要があります。また、従業員が入院する場合については、休業補償給付(または休業給付)の手続きをすることになります。これに対し、今回のように第三者による行為災害があるケースについては、上記の労災からの保険給付と併せて、この従業員は民法上の損害賠償を加害者に対して請求する権利も持つことになります。さらに、この第三者による行為災害が自動車事故ということになれば、自賠責保険への請求も得るということになります。


 それでは、従業員は労災からの保険給付を受け、併せて加害者から示談としていくらかの金額を受け取ることはできるのでしょうか。この場合、労災保険給付を受給する権利と民法上の損害賠償を請求する権利は、ともにケガを被ったことに対する損害の埋め合わせになるため、両方を行使することはできないとされています。労災保険については一定の調整を行うとされており、以下のような通達(昭和38年6月17日 基発687号)が出されています。



 受給権者と第三者との間に示談が行われている場合は、当該示談が次に掲げる事項の全部を充たしているときに限り、保険給付を行わないこと。
イ 当該示談が真正に成立していること。
 次のような場合には、真正に成立した示談とは認められないこと。
a 当該示談が錯誤または心裡保留(相手方がその真意を知り、または知り得べかりし場合に限る。)に基づく場合
b 当該示談が詐欺または強迫に基づく場合
ロ 当該示談の内容が、受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権(保険給付と同一の事由に基づくものに限る。)の全部の填補を目的としていること。
 次のような場合には、損害の全部の填補を目的としているものとは認められないものとして取り扱うこと。
a  損害の一部について保険給付を受けることとしている場合
b  示談書の文面上、全損害の填補を目的とすることが明確でない場合
c  示談書の文面上、全損害の填補を目的とする旨の記述がある場合であっても、示談の内容、当事者の供述等から、全損害の填補を目的としているとは認められない場合



 つまり、示談は真正に成立しており、その内容が従業員の第三者に対して有する損害賠償請求権の全部の填補を目的としている場合は、原則として労災保険からの給付は受けられないということになります。そのため、相手からから示談の話があった際には、ケガを被ることによって生じた損害を正確に把握することはできない場合であれば、急いで示談を行うことは望ましくなく、症状の回復状況や損害額などを検討した上で対応すべきでしょう。


[関連法規]
労働者災害補償保険法 第12条の4
 政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
2 前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。



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参考リンク
財団法人労災保険情報センター
http://www.rousai-ric.or.jp/procedure/09/index.html


(福間みゆき)


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