中国人事管理の先を読む!第17回「進出企業の人事制度(11)ベースアップ③」

 昇給には、「ベア」と「定昇」があるということを前回お話しましたが、限られた昇給原資(予算)の中で、それぞれにどの程度の原資を振り分けるべきかが昇給決定の際の大きな悩みとなります。

 ベアを疎かにしてしまうことで引き起こす最大の弊害は、世間相場や同業社間との給与格差です。特に中国に進出している企業は、自社の給与水準と他社とを比較することに関して非常にセンシティブになっているのが常です。人材の確保や流出の防止を考えれば、それも当然のことと思われます。5年前には同業と比較して競争力を持った給与水準だったのに、ベアを実施しなかったため、現在の給与水準は業界内で相対的にかなり下がってきているという話もよく耳にします。このようなことを考えますと、常に他社と自社との給与水準の比較を行い、相場観を引き下げない程度のベアの実施は不可欠となります。

 しかし、ベアに予算を多く使ってしまうことで、パフォーマンスの悪い社員の給与まで引き上げてしまうことが起こります。また世間相場ばかり気にし過ぎて定昇の予算が僅かになってしまうと、パフォーマンスに応じたメリハリのある処遇の決定がしにくい(処遇に差をつけにくい)状況が起こり易くなりますので、この点も考慮してベア、定昇の予算配分を考えなければなりません。

 ベアを実施する場合、その指標となるのがCPI(消費者物価指数)です。中国のCPIは2006年くらいまで約1~2%前後で推移しており、非常に安定した物価を呈しておりましたが、金融危機の前くらいから急激に物価は上昇し、現在のCPIは5.5%を示しています。一方でGDPやCPIと比較した場合、賃金の伸長率は相対的に下がっています。つまり従業員の生活は年々苦しくなってきているということが窺えます。この経済要因もあり、企業に対して所得の絶対的水準の向上が求められていることになります。このような社会的要請から考えますと、仮に昇給原資全体を10%とった場合、ベアに5~6%の原資は使いたいところであり、残りの原資が定昇に使われるという考え方になります。

 前回もお話しましたが、ベアは「賃金テーブルの書き換え」です。ベアは定率よりも定額、つまり、下位等級の社員に対してほど厚くするのが理想なので、ベア原資を定額(人数で割った金額)に換算します。そこで求められた金額が今回のベアの金額となりますので、それをいま使っている賃金テーブルに一律に加えていくことでベアの作業は終了します。

(2011年8月3日 Bizpresso掲載記事)

[執筆者プロフィール]
清原学
株式会社名南経営 人事労務コンサルティング事業部
海外人事労務チーム シニアコンサルタント(中国担当)
 1961年兵庫県生。学習院大学経営学科卒。共同通信社、アメリカAT&Tにて勤務後、財団法人社会経済生産性本部にて組織人事コンサルティングに従事。大手エンジニアリング企業の取締役最高人事責任者(CHO)を歴任し、上海・大連・無錫・ホーチミン・香港の駐在を経て、2004年プレシード上海設立。中国進出日系企業約400社の組織構築、人事制度設計、労務アドバイザリー、人材育成に携わる。日本、中国にて講演多数。2011年からは株式会社名南経営にて日本国内での活動を行っている。
・独立行政法人 中小企業基盤整備機構 国際化支援アドバイザー
・ジェトロ上海センター 人事労務委託業務契約
・財団法人 社会経済生産性本部コンサルティング部 経営コンサルタント
・兵庫県中国ビジネスアドバイザー
・神戸学院大学 東アジア産業経済センター アドバイザー


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参考リンク
ビジネスフリーペーパー「Bizpresso」概要
http://bizpresso.net/about

(清原学)

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